小倉日明教会

『霊の賜物の分かち合いに』

ローマの信徒への手紙 1章 8〜15節

午前10時30分〜

2026年3月1日 受難節第2主日礼拝

ローマの信徒への手紙 1章 8〜15節

『霊の賜物の分かち合いに』

【奨励】 川辺 正直 役員

黙   祷 【前奏】 啓示  着席
讃 美 歌 18 「心を高くあげよ!」 応答 起立
招   詞 ヨエル書 3章 1〜5節 啓示 起立
信 仰 告 白 使徒信条 (カードケース、93−4B) 応答 起立
讃 美 歌 54 聖霊みちびく神のことばは 応答 起立
祈   祷  【各自でお祈りください】       応答 着席
聖   書

ローマの信徒への手紙 1章 8〜15節

          (新約p.273)

啓示 着席
성  경 로마서 1장 8절〜15절
New Testament The Letter of Paul to the Romans 1:8-15
圣  经 罗马书 1章 8〜15段
讃 美 歌 408 この世のもので 応答 着席
奨   励

『霊の賜物の分かち合いに』

         川辺 正直 役員

啓示 着席
祈   祷 応答 着席
奉   献 応答 着席
主の祈り (カードケース、93−5B)  応答 着席
報   告 【ご報告欄参照】 応答 着席
讃 美 歌 492 み神をたたえる心こそは 応答 起立
祝   祷

平和の挨拶

司式者:人の思いと願いを超えたキリストの平和が、あなたがたと共にありますように。

会衆:また、あなたと共にありますように。アーメン。

啓示 起立
後   奏 啓示 着席

【奨 励】                       役員 川辺 正直

「うれしいひな祭り」

 おはようございます。さて、3月3日は、桃の節句、ひな祭りの日です。ひな祭りと言えば、定番のように歌われる童謡が、『うれしいひな祭り』という曲です。

 『あかりをつけましょ ぼんぼりに/お花をあげましょ 桃の花/五人ばやしの 笛太鼓(ふえたいこ)/今日はたのしい ひな祭り//お内裏様(だいりさま)と おひな様/二人ならんで すまし顔(がお)/お嫁(よめ)にいらした 姉(ねえ)様に/よく似(に)た官女(かんじょ)の 白い顔』

という歌詞の曲です。ところで、『お嫁にいらした』という『いらした』という言葉は、日本語では、『来た』という言葉の尊敬語でもありますし、『行った』という言葉の尊敬語でもあるのです。お嫁に来て下さったとも取れますし、お嫁に行かれたとも取れるのです。どちらなのでしょうか。実は、後者なのです。この詩を作ったのは、サトウハチローという詩人です。『小さい秋見つけた』の詩でも有名な方です。彼は、最初の奥さんと離婚しました。そして、残された子ども、女の子2人、男の子の3人の子どもを全員引き取ります。上の女の子がまだ小学生位のときです。みんな、お母さんのことが、恋しくて、恋しくて、仕方がない年頃だったのです。しかし、自分たちの都合で離婚してしまった。だから、子どもたちに寂しい思いをさせてしまったのです。何とか、埋め合わせをしたいと考えたサトウハチローは、思い切って、高価な雛人形を買い求めます。荷物が届いて、開封されたとき、子どもたちは興奮し、それは、それは喜んだそうです。そして、喜んで楽しいひな祭りをするのですが、よく見ると、それは雛人形を使った、お母さんごっこだったのです。子どもたちがこんなにも熱中して、人形たちに思いを込めて話しかけ、大切にしたのは、そこに今はいない母親の面影を投影していたからなのです。そして、この子どもたちの気持ちが、サトウハチローにも痛いほどよくわかったのです。

 小さい頃、腰に大やけどを負って満足に歩けず、家の中で遊ぶことが多かったサトウハチローには、4歳年上の喜美子さんという名前のお姉さんがいました。とても賢い、うりざね顔の美しいお姉さんであったそうです。このお姉さんが、ハチローに詩を書くことを教え、また、文学の楽しさに目を開かせ、ピアノを伝授し、そして、強く生きるということを教えてくれたそうです。彼女は、サトウハチローにとって、自慢のお姉さんであったのです。このお姉さんにあるとき、縁談が舞い込みます。そして、トントン拍子に話が進んで、結婚が決まるのです。本当は喜ぶべき、目出度いことです。しかし、少年サトウハチローの心は複雑でした。何か、自分の大切な宝物、大切なものをむしり取られて行くような気がしたのです。こんな結婚なくなったらいいのに、とさえ思ったそうです。ところが、結婚式が近づいてくるに従って、お姉さんの体調が急に崩れてゆくのです。医者に診てもらうと、何と、肺結核にかかっていたのです。この病気は、当時、死の伝染病として恐れられていました。当然のように、先方から、結婚取りやめの通知がやって来ます。お姉さんは、それから程なくして、亡くなってしまうのです。まだ、18歳だったそうです。ハチローは多感な少年でした。お姉さんの身の上にこんな不幸なことが起こったのは、自分が結婚なんか、なくなってしまえと思ったからなのではないか、とそのように自分を責めたのです。そして、このことは彼の生涯に忘れられない記憶として残ったのです。やがて、彼が子どもたちに買い与えた雛人形の中に、一人、お姉さんそっくりの官女がいました。うりざね顔の白い顔、このお姉さんはこの世ではお嫁に行く前に死んでしまった、しかし、彼はそれを若くして天に嫁いだと解釈したのです。高貴な天に嫁いで行くので、身内とはいえ、『いらした』という尊敬語を使い、『お嫁にいらした 姉様に、よく似た官女の 白い顔』と歌ったのです。子どもたちは雛人形に母親の面影を見て、思入れのある遊びをし、父親は雛人形に、今は亡きお姉さんの面影を見て、この物言わぬ人形を慈しみ眺めたのです。この詩は、サトウハチローの家に雛人形が届いた日に作った詩なのです。雛人形は、この親子たちにとって、大切な人の身代わりであったために、とても大事にされたのです。

 さて、現在、読み進めておりますローマの信徒への手紙は、今回で3回目となります。本日の聖書の箇所で、主イエス・キリストが私たち罪人の身代わりとなった事実を福音とするパウロは、ローマの教会の人々を訪問し、霊の賜物を分かち合いたいと考えていることを語っています。パウロはどのようにしてそのことをローマ教会の人々に伝えようとしているのかということを考えながら、本日の聖書の箇所を読んでゆきたいと思います。

パウロの感謝

 本日の聖書の箇所のローマの信徒への手紙1章8〜15節は2回に分けて、お話しをしたいと考えています。さて、これまでにローマの信徒への手紙の1章1〜7節という冒頭の挨拶の部分を、3回かけてお話してきました。これまでの3回で、私たちは何を学んで来たのかと言いますと、ローマ人の手紙の1章の1節はパウロの自己紹介でした。パウロは自分のことをキリスト・イエスの僕(しもべ)だと語っています。パウロは自分のことを、使徒として召されたと言っています。彼は自分のことを神様の福音のために選び出されたと言っています。僕であり、召された者であり、選び出された者である。これがパウロの自己紹介です。1節でその話をした後、2節から6節までが、福音について要約した総入句であるということをお話しました。福音を要約した総入句で、パウロは、1)福音の作者は神様であること、そして、2)福音の内容は天地創造の前から計画されていたこと、そして、3)福音の内容は、単なる教えや理論ではなく、御子イエス・キリストの事実であることこと、4)御子イエスは復活により、神様であることが証明された、という心躍るような話を、この手紙の冒頭で展開しているのです。私たちの人生は、死で終わるものではない、初穂として復活された主イエス・キリストがおられるので、それに続く私たちも、主イエスと同じように復活をする、これがパウロの語る福音の要約であったのです。そして、7節で、ようやくローマの信徒たちへの挨拶が出て来ていたという訳であったのです。

 今日の聖書の箇所で、いよいよパウロはローマ教会と自分の関係を説明して行きます。パウロが目指しているのは、ローマ教会との間で心の絆を、作り上げることです。ローマ教会には、パウロは1回も訪問したことないのですから、ローマ教会の人たちと心の絆を築いて、そして、自分が伝えようとしていることを聞いてほしいというのが、パウロのここでの意図となります。今日は、まず8節から12節までを扱いたいと考えています。このわずか5つの節の中に、パウロという人がどういう人かということが明確に出てきていると思うのです。それはどういうことかと言いますと、1つ目がパウロは感謝の人だということです、そして、2つ目がパウロは祈りの人だということです。さらに、3つ目にパウロは使命の人だということです。8節から12節までを学びながら、パウロはなぜローマ教会をそれほど強く訪問したいと願ったのかということを、皆さんと一緒に考えて行きたいと思います。

 それでは、本日の聖書の箇所の8節を見ますと、『まず初めに、イエス・キリストを通して、あなたがた一同についてわたしの神に感謝します。あなたがたの信仰が全世界に言い伝えられているからです。』とあります。パウロは8節の最初に何と書いているのかと言いますと、『まず初めに、』と書いているのです。この『まず初めに、』と書いている書き出しが、順番を示しているのであれば、『第2に、』とか、『次に、』といった言葉で始まる文章が続いて来るはずなのですが、そのような文章が見当たらないのです。『まず初めに、』という言葉に続く言葉がないということは、この『まず初めに、』という言葉は、順序を表す言葉として用いられているのではなくて、『何よりもまず、』とか、『いちばん重要なこと』を表す言葉として用いているのだと思います。

 8節の初めで、『何よりもまず、』とか、『いちばん重要なこと』として、パウロが何をしているのかと言いますと、パウロは感謝しているのです。パウロはどのようにして、『いちばん重要なこと』について感謝しているのかと言いますと、パウロは、『イエス・キリストを通して、』と、感謝しているのです。これは教会における大切なキーワードであると思います。『イエス・キリストを通して、』と言っているのはなぜかと言いますと、ローマの教会を建てたのは主イエス・キリストだからです。ですから、パウロの感謝も主イエス・キリストを通して感謝するのです。このローマの教会は、パウロが創設に関わった教会ではないのです。それどころか、パウロ以外の使徒たちも、ローマ教会の創設には関わっていないのです。なぜローマ教会ができたかと言いますと、いくつかの説がありますが、そのひとつがペンテコステの日にエルサレムに来ていたユダヤ人たちがペテロのメッセージを聞いて、悔い改めて主イエス・キリストを信じて、ローマに帰って作った教会なのだというものです。あるいは、初代教会の時代、ファリサイ派のユダヤ人から迫害を受けた主イエスを信じるユダヤ人たちが、ローマに行って伝道したのだろうとも言われています。又は、初代教会の時代、迫害を受けた主イエスを信じるユダヤ人がローマに行って、すでにそこで始まっていた伝道に参加して、さらにローマ教会が成長したという可能性も考えられます。いずれにしましても、最初はユダヤ人中心の教会であったと考えられているのです。

 最初はユダヤ人中心のローマ教会でしたが、ローマからのユダヤ人追放令などの経過を経て、ローマ教会も異邦人主体の教会に変化していたのです。しかし、それでもユダヤ人もいるのです。パウロにとっては、不安定な時代の中で、このような教会が存在することは、驚きであり、感謝であったのです。パウロが何も手を加えてないのに、そこに福音の種が蒔かれ、何か具体的な事実が出来上がっているのです。パウロには、それは主イエス・キリストがしておられるとしか思えないのです。ここに、パウロのキリスト者としての成熟があると思います。私たちが覚えておかなくてはいけないのは、神様は私たちを用いて働いてくださると同時に、神様は私たちなしでも働かれるということだと思います。パウロはそのことを覚えて、このローマ教会があることを、神様に主イエス・キリストを通して、『いちばん重要なこと』として感謝しているのです。パウロが感謝している理由は、ローマ教会の人々の信仰が、全世界に言い伝えられているからだと言っているのです。ここでの全世界と言いますのは、当時、パウロたちが知っていた、主にローマ世界のことです。ユダヤ人信者にも、異邦人信者にも、このローマ教会の噂は聞こえていたというのです。パウロは、どのような気持ちでこの8節を書いたのでしょうか。

 ここで、パウロが語っていることは、ローマの教会の人々が全世界の人々の評判となり、模範となるような信仰生活に励んでいるとか、ローマ教会が信者の多く、大教会として名声を轟かせているとか、というようなことを意味しているのではないと思います。たとえどのように貧しい小さい群れであろうとも、当時の全世界を支配し、富と権力と、あらゆる世俗的繁栄の象徴であるローマ皇帝の統治する、異教の大都市の只中で、福音を受け入れ、まことの神様を礼拝する信者の群れがいるということ自身が全世界にたいする福音の力の証明であり、主イエス・キリストこそ世界の主であることの生きた証拠として、全世界の注目をひくに価する事実であるとパウロは考え、神様に感謝したことと思います。ローマ教会の人々と、心の絆を結びたいと考えているパウロは、このことをテクニックとして行っているのではなくて、心からローマ教会の上に、神様の働きが豊かに注がれていることを、主イエス・キリストを通して、『いちばん重要なこと』として感謝しているのです。

ローマ訪問の願い

 次に、本日の聖書の箇所の9〜10節を見ますと、『わたしは、御子の福音を宣べ伝えながら心から神に仕えています。その神が証ししてくださることですが、わたしは、祈るときにはいつもあなたがたのことを思い起こし、何とかしていつかは神の御心によってあなたがたのところへ行ける機会があるように、願っています。』とあります。パウロは9節で『その神が証ししてくださることですが、』とありますように、神様を証人として立てているのです。神様をなぜ証人として立てることができるのかと言いますと、パウロのローマ教会訪問の計画と願望が決して偽りではないからです。パウロは御子である主イエス・キリストの福音を宣べ伝えながら、心から神様に仕えていて、その神様がパウロの証人になってくださるのだと、パウロは言っているのです。パウロはローマ教会の人々のことを思わないときはなく、パウロは、『祈るときにはいつもあなたがたのことを思い起こし、』(9節)と言っているのです。パウロはローマ教会を訪問したことはないのだけども、ローマ教会の話はよく聞いているのです。ローマ教会は良い教会です。

 しかし、パウロがローマ教会のために祈っている理由は何かと言いますと、良い教会だけれどもまだ足りないところがあると考えているのです。ですから、パウロは祈るときには、いつもローマ教会のことを思い起こし、『何とかしていつかは神の御心によってあなたがたのところへ行ける機会があるように、』願っていると語っているのです。その足りないところが何かというのが、彼が訪問したい理由と重なって来るのです。パウロは、ローマ教会は良い教会だけれど、まだ欠けているところがあると考えているのです。だからいつも祈るときには、何とかしていつかはローマ教会へ訪問できるように、神様に願っていると言っているのです。この祈りは、昨日、今日始まった祈りではないのです。いつもだと言うのです。長い期間、継続して祈ってきたことだと言うのです。そして、神様の御心によって道が開かれるようにと祈る。それは、パウロは使徒ですが、使徒というのは神様の代理人です。神様の代理人であれば、派遣して下さる方の意図通りに動かなければなりません。使徒であるパウロは、神様の御心によって道が開かれるまでは、動かないし、動けないのです。それが、神様の代理人の使命なのだと思います。

 パウロは、神様を証人として立てたということをお話しました。未知の人を訪問する場合は、普通、私たちは紹介状や信任状を携えて行くかと思います。しかし、使徒であるパウロにとっては、訪問したことのないローマ教会の信者たちに提示すべき信任状は、パウロが宣べ伝えているローマの信徒への手紙にかかれている福音だけなのです。パウロはすべての願望を神の御心に従わせ、パウロが宣教のために召された福音を信任状としてたずさえて、ローマの教会を訪れようとする使徒の生き様を、パウロの言葉から生き生きと、汲み取ることができると思います。

“霊”の賜物

 次に、本日の聖書の箇所の11〜12節を見ますと、『あなたがたにぜひ会いたいのは、“霊”の賜物をいくらかでも分け与えて、力になりたいからです。あなたがたのところで、あなたがたとわたしが互いに持っている信仰によって、励まし合いたいのです。』とあります。8〜10節で、ローマ教会を訪問することに、強い願望を書き記したパウロは、続いて、訪問の目的を明らかにしようとしています。11〜12節で明らかにされているパウロのローマ訪問の第1の目的は、たがいに『“霊”の賜物』を分かちあい、励ましあう信仰の交わりを深めるということです。

 この11節で語られている『“霊”の賜物』が何かと言いますと、コリントの信徒への手紙第一の12章に展開されているパウロの議論において明らかなように、第1義的には、聖霊によって、主イエス・キリストの語られることを沈黙して、聴く者となるということであり、さらに『イエスは主である』という信仰の告白に生きることが与えられる、ということです。この基本を踏まえた上で、『ある人には“霊”によって知恵の言葉、ある人には同じ“霊”によって知識の言葉が与えられ、ある人にはその同じ“霊”によって信仰、ある人にはこの唯一の“霊”によって病気をいやす力、ある人には奇跡を行う力、ある人には預言する力、ある人には霊を見分ける力、ある人には種々の異言を語る力、ある人には異言を解釈する力が与えられています』(コリントの信徒への手紙一 12章8〜10節)とありますように、教会において、神が聖霊によって、信者各自に分け与えられる多種多様な能力なのだということです。この“霊”によって与えられる多種多様な能力は、自分自身のためにではなく、本来、他者の益のために、お互いに分かち合い、助けあうべき信者の共有財産だと言うのです。『力になりたい』という言葉は、強くする、確立するという意味の『ステェィリクセィナイ』というギリシア語の言葉が使われています。ここでの文脈では、信仰をさらに強め確かなものにすることを語っているのだと思います。パウロは、彼に与えられている賜物によって、ローマ教会の人々の信仰を強めるために訪問したいと言っているのです。

 それでは、『“霊”の賜物』が分け与えられるということが、どのような形で起きてくるのかということをここで考えてみたいと思います。

宣教師デヴィッド・フラッド

 スウェーデンにデヴィッド・フラッドという宣教師がいました。彼は福音を伝えるために、妻と2歳の息子とともに1921年、アフリカのコンゴに向かいました。飢餓と病気、敵対的な部族の人々の中で困難な働きを続けました。彼の宣教の唯一の実りと言えるものは、1人の幼い少年だけでした。彼は、コンゴで毎週日曜日に、その幼い少年に聖書を教えました。そのような伝道生活を送る中で、妻が娘を出産しますが、産後7日目に世を去ってしまったのです。度重なる困難に疲れ果てていたフラッドは、妻まで失ったことで燃え尽きてしまったのです。彼は神様に失望し、殉教まで覚悟していた信仰を捨てて、現地の宣教本部に生まれたばかりの娘を預け、息子だけを連れて本国に戻ったのです。その後、73歳になった彼は、40年ぶりに、初めて再会した娘から驚くべき事実を聞くのです。彼の娘は、父に会いに行く途中で、ロンドンのある集会で、黒人の牧師に会ったのですが、それがあのコンゴの少年だったのです。フラッドがコンゴで聖書を教えたその少年は立派に成長して牧師になり、福音の不毛地と言われたコンゴで、神様に仕える器となったのです。そして、今では32カ国に宣教師を送り、11万人ものキリスト者が集うようにまでになったのです。父デヴィッド・フラッドの献身と母の殉教によって、コンゴに新しい命がたくさん生まれていたというのです。娘の『お父さんのしたことは、決して無駄ではなかったのです』という言葉に、フラッドは涙して悔い改めたと言います。

 本日の聖書の箇所に見る、パウロのローマ訪問に対する望みも、パウロが望んでいたイスパニヤに赴く伝道者としてではなく、予想もしなかった囚われ人としての旅として実現したのでした。しかし、たとえ人間的には、暗い苦難の旅であったとしても、パウロにとって、それは神様の御心にかなった、開かれた道であったことから、成功した旅であったと評価されるべきなのだろうと思います。単純に人間の願望が満たされることが成功なのではなく、神様の御心によってなされたことが、本当の意味でキリスト者にとっては、成功なのだと思います。いかなる形においてであれ、パウロのローマ訪問は、神様の御心に適うことでなければならなかったと思います。

共に励まし合う

 パウロは、ローマ訪問は、どこまでも神様の御心に適うことでなければならなかったことを理解していたと思います。それ故、パウロが一方的にローマ教会の人々を指導するために訪問する願いを持っているのではないかという印象や誤解を与えることを避けるために、12節に於いて、注意深く、改めて言い直しをしているのです。12節はギリシア語の原文では、『トゥート』という言い直すときに、『このことは』という意味で用いる言葉で始まっているのです。パウロはけっして一方的に、彼が与えられているすぐれた賜物を押し付け、監督者として上から指導するためにローマ教会を訪問するのではないということを伝えようとしているのです。宗教改革者カルヴァンが、『教会のうちには、われわれの益を何らもたらすことができないほど賜物に乏しい人は一人もいない』と語っておりますように、もともと『“霊”の賜物』はお互いに分かち合うべきものだと思います。従って、パウロはローマ教会の人々と、それぞれに与えられている賜物を分かちあうことによって、お互いの信仰によって、共に励まし合うことを望んでいたと思います。そのように、パウロは、『“霊”の賜物』が持っている相互性、共同性を信じていたと思います。教会の交わりは、お互いが、人間に由来するものではない聖霊によって与えられる賜物の下に謙虚にされ、最も日の浅い信者とさえ、賜物を分かちあうことによって、お互いの信仰を励まされ、強められることによって形成される交わりであると思います。パウロがローマを訪問しようとする第1の目的は、ローマ教会の人々との間で、このような交わりの形成されることであったと思います。私たちもまた、キリストの福音にしっかりと立つ信仰による交わりを、築いて行きたいと思います。

  それでは、お祈り致します。