| 黙 祷 | 【前奏】 | 啓示 | 着席 |
| 讃 美 歌 | 12 とうときわが神よ | 応答 | 起立 |
| 招 詞 | 詩編 100篇 1~2節 | 啓示 | 起立 |
| 信 仰 告 白 | 使徒信条 (カードケース、93−4B) | 応答 | 起立 |
| 讃 美 歌 | 507 主に従うことは | 応答 | 起立 |
| 祈 祷 | 【各自でお祈りください】 | 応答 | 着席 |
| 聖 書 |
使徒言行録 9章 1〜19節a (新約p.229) |
啓示 | 着席 |
| 성 경 | 사도행전 9장 1〜19절a | ||
| New Testament | The Acts of the Apostles 9:1-19a | ||
| 圣 经 | 使徒行传 9章 1〜19段a | ||
| 讃 美 歌 | 399 さすらいの民よ | 応答 | 着席 |
| 説 教 |
『サウロからパウロへ』 沖村 裕史 牧師 |
啓示 | 着席 |
| 祈 祷 | 応答 | 着席 | |
| 奉 献 | 応答 | 着席 | |
| 主の祈り | (カードケース、93−5B) | 応答 | 着席 |
| 報 告 | 【ご報告欄参照】 | 応答 | 着席 |
| 讃 美 歌 | 523 神を畏れつつ | 応答 | 起立 |
| 祝 祷 |
沖村 裕史 牧師 |
啓示 | 起立 |
| 後 奏 | 啓示 | 着席 |
【説 教】 沖村 裕史 牧師
■サウロからパウロへ
今日のタイトルは「サウロからパウロヘ」です。
「サウロ」も「パウロ」も、いずれも人の名前です。それも、同じ人の二つの名前です。サウロとは紀元前一〇世紀のイスラエル王国最初の王サウルのヘブライ語の名前で、パウロはそのサウルのギリシア語読みの名前です。
「サウロ」と「パウロ」。二つの名前は一文字しか違いません。「サ」が「パ」に代わっただけです。あんまり大きな違いではないようにも思えます。しかし、このちょっとした違いが、実はとても大きな違いとなります。今日は、この二つの名前を持っていた「サウロことパウロ」についてお話をいたしましょう。
サウロはちょうどイエスさまが生まれた頃、当時ローマの属州だったキリキアの首都タルソスで生まれました(使徒九・一一)。彼の家は父の代から自由市民になって、ローマの格式ある市民権を持ち(同二二・二八)、少年時代は当時の世界文化、自由なヘレニズムの雰囲気の中ですくすくと育ちました。
勉強もずいぶん好きだったとみえて、青年になるとファリサイ派の一員となり、人一倍熱心にユダヤ教の律法を学んで、それに則(のっと)って生きようとする真面目な性格の人でした(フィリピ三・五~六)。サウロは、当時ユダヤ教の最高の学者と言われていたガマリエルのもとでも学んでいましたので、神の律法を軽んじていると評判のキリスト教徒たちにいたく憤慨していました。そんな不敬(ふけい)な輩(やから)をのさばらしておくわけにはいかない、律法を正しく守るよう彼らを懲(こ)らしめるべきだ、そう思ったサウロはキリスト教徒を見つけ出しては、これを迫害する動きに積極的に加わったのでした(ガラテヤ一・一三~一四)。
ところが、そんなサウロがある事件をきっかけに、一八〇度考え方を変えてしまいました。そしてあろうことか、あれほど嫌って憎んでいたキリスト教徒の仲間に加わってしまったのです。
いったいサウロに何が起こったのでしょう。
「目からうろこが落ちる」という表現があります。今までわからなかったことが、突然理解できるようになることのたとえで、実は、聖書の中の今日の出来事がもとになっています。
その日もサウロは、今日も不埒(ふらち)なキリスト教徒を捕まえてやろうと、ダマスコ街道を走っていました。と、その時です。突然天から光がさして、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」という声が響きました。サウロがびっくり仰天して、「あなたは誰ですか」と尋ねると、「わたしはあなたが迫害しているイエスである」という答えが返ってきました。「起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる」。
その瞬間からサウロは、目が見えなくなってしまいました。やがてサウロが声に指示されたままに町に入って、イエスさまの弟子のところに行くと、「たちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおり見えるようになった」(使徒九・一八)とあります。サウロは喜びにあふれ、なんと洗礼まで授かります。
「反対側を向く」「向きを変える」「くるりと回る」という意味の言葉〝Conversion″「回心」は、まさにこのときのサウロの体験を表しています。今サウロは別人のように、いえ、もっと劇的に変えられたのでした。
それがパウロでした。
サウロはそれまで本当にキリスト教徒を軽蔑しきっていました。そして当時最高の知識を身につけた自分の才覚に頼んで、十字架にかけられた無学なイエスなど救世主でもなんでもない、そう確信していました。それが今、天からの声を聞いて、サウロことパウロは真実に目覚めました。
それ以後のパウロは、それまでの自分の学識や知識をふりかえって、そんなものは塵(ちり)あくた、ごみのように無益なものに過ぎない、と言うほどになりました。「自分は知恵を誇っていた。けれども今は、自分がもっとも愚か者であることを知るようになった。そんなわたしを救い、神と世界の真実を教えてくれたのは、イエス・キリストに他ならない」。パウロはイエスさまを、真実にいたる本当の道、救いの主であると、誰をも恐れず人々に伝えるようになったのでした。
■回心の心理的説明
この回心の出来事に、わたしたちは大変、興味・関心を引かれます。わたしたちの関心は、サウロの心にどのような変化が起ったのかということに向けられることが多いようです。イエスをキリスト・救い主と信じる教えに敵対し、迫害していたサウロが、なぜ、それを信じて、パウロとして宣べ伝えるまでになったのか、彼はそこで何を思い、どんな心境の変化を体験したのかを知りたいと思うのです。それを知れば、自分自身の信仰に、あるいは信仰の決断のために、よい導きが得られるのではないかと期待するからです。
そのような思いに応えて、たとえば、こんな説明がなされることがあります。サウロは律法を学び、それを守ることによって熱心に神に仕えていたが、しかし彼の心には今一つ、本当の喜びや満足がなかった。そのような中、彼はエルサレムで、キリスト教徒であるステファノの最高法院での弁明を聞き、裁きを受けているのに堂々と臆することなく自らの信仰を語る、その姿に感銘を受けた。ステファノの殉教の様子を見て、石で撃ち殺されつつも「この罪を彼らに負わせないでください」と祈るその姿にショックを受けた。その姿が彼の心に焼き付いて離れず、教会を迫害し、人々を捕えて獄に送ったりしながらも、次第に、果たして自分のしていることは正しいのだろうかという疑問が大きくなっていった。そしてついにはダマスコの町を目前にした時、堤防が決壊したようになり、彼は地に倒れ、目も見えないという身体的症状にまで現われ出たのだ、と。
しかし使徒言行録を読んでいて、教会を迫害するサウロに、内心のためらいや疑問など少しも感じられません。彼は一節にあったようにまさに「意気込んで」「息をはずませて」(口語訳)迫害していたのです。律法は、神からイスラエルの民に与えられたものです。それを大切にし、守ることで神に仕えていると思っている彼の心に、疑問やためらいはありません。彼はまさに神に仕える熱心さをもって、教会を迫害し、信者たちを捕え、獄に送っていたのです。
サウロの回心を、彼自身の心の中に起ってきた疑問や葛藤によって説明しようとすることには無理があります。彼の回心、人生の大転換は、内面的、心理的な、心境の変化や考え方の転換によって起ったことではありません。
■「なぜ、わたしを迫害するのか」
それでは、なぜ回心したのか。そこに何が起ったのでしょうか。
そのことを知るヒントは、彼が聞いた声です。強い光に照らされて地に倒れた彼は、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」という声を聞きました。この語りかけで最も衝撃的なこととは何でしょうか。それは、「なぜ、わたしを」というところです。「なぜ教会を迫害するのか」とか「なぜキリスト教徒たちを迫害するのか」ではありません。「なぜ、わたしを」。
サウロは「わたし」という方と出会ったのです。
その方が彼の前に、彼の道を遮(さえぎ)るように立ちはだかったのです。彼はここで、教会を迫害することは間違っていると諭されたのではありません。天からの強い光と共に語りかける「わたし」という方と出会ったのです。そして自分がその方に敵対し、その方を迫害しているのだということを知らされたのです。
それは、彼の内面的心理的な変化や、それまでの歩みを反省して新しく生き始めた、というようなことではありませんでした。「悔いる」という字で言い表される「悔心(かいしん)」ではありません。もしそうなら、彼の目は見えなくなるのではなく、むしろよりよく見えるようになったはずです。しかし、彼はイエス・キリストとの出会いによって、何も見えなくなり、暗黒の世界に落とされたのです。そのことを経て、イエス・キリストによって再び目を開かれたときに、伝道者パウロが生まれたのです。
わたしたちは、信仰というものを、自分の目がよりよく見えるようになることのように思い、またそれを期待し求めているのではないでしょうか。しかしそれはまさに、サウロがファリサイ派のエリートとして熱心に神に仕えていた時の姿です。よりよく見えるようになろうと熱心に、自分の力で努力することの中で、彼はイエス・キリストを迫害していったのです。
信仰、回心とは、そのようなわたしたちが、「なぜ、わたしを迫害するのか」とわたしたちの前に立ちはだかるイエス・キリストと「出会う」ことです。イエス・キリストによって、自分が見ていること、思っていること、確信していること、依り頼んでいることのすべてを打ち砕かれることです。
■律法主義との訣別
サウロが見ていたこと、確信していたこと、より頼んでいたのは「律法」でした。律法とは、神がモーセを通してイスラエルに与えたとされた掟で、ユダヤ人はそれを完全に守ることによって初めて、神に対し忠実であることができるのだと考えていました。回心前のサウロは、その生き方を実生活で貫くことを志すファリサイ派の、それも熱心なメンバーでした。
その意味で言えば、彼の回心はこの律法による生き方との訣別に他なりませんでした。では、パウロはなぜ、律法に対する熱心さを、そのような生き方を捨てたのでしょうか。それは、そのような生き方が結局のところ、人間の力による救いを目指す生き方であることに、彼の目が開かれたからです。律法に熱心である生き方では、実際には人が律法を守るかどうかが救いの決め手と見なされ、神はただそれに応えて、その人を祝福したり退けたりするにとどまります。神に対する忠実が唱えられてはいても、現実には神は傍らに追いやられています。
彼はそのことに気づかされたのです。
回心前のサウロは律法に対する熱い心をもって生きていました。ユダヤ人である彼にとっては、それこそがそれまでユダヤ人に与えられていた、ただ一つの正当な神との関わり方でした。回心後のパウロが手紙の中で、自分は教会を迫害したから本来は使徒とされる資格がないと言っていますが(一コリ一五・九)、それは自分を使徒とした神の恵みを強調するための言葉に過ぎず、ユダヤ教時代の生き方を自己批判しているわけではありません。
見方をかえて言えば、律法なしに神との正しい関係を持つことができるということは、彼にとって全くの新しい出来事だったのです。
そしてそれこそが、キリストの出来事、十字架の出来事でした。
キリストの出来事とは、一人の死刑囚の死の出来事に過ぎません。それは、神の歴史への介入というには余りにもちっぽけな、余りにも貧弱な出来事でした。しかしパウロは、イエス・キリストとの出会いを通して、このちっぽけでみすぼらしい出来事の中に、神の歴史への介入を見出したのでした。
それこそが彼の回心でした。
彼の回心は律法主義からの解放でしたが、その律法主義の神は律法を守る者をよしとし、守らない者には裁きをもって臨む、支配者としてのこの上もなく強い神でした。しかし律法主義から解放され、神がこの取るに足らない者をよしとすることを知ったパウロにとっては、人々のためにただ殺されることしか知らない、この上もなく弱いイエス・キリストにおいて自己を啓示する神こそが、今や真の神となったのです。
イエス・キリストとの出会いはわたしたちを、自分の目では何も見えない者、自分の力ではもはや生きることができない者とするのです。そしてそこから、イエス・キリストが新しく生かしてくださり、なすべきことを示し与えてくださるときに、わたしたちは本当に見るべきものを見ることができるようになります。本当に見るべきものとは、イエス・キリストの十字架と復活によって、神が与えてくださっている罪の赦しの恵み、永遠のいのちへの希望です。
それを見つめる目を与えられる時、わたしたちは、自分の正しさ、熱心さ、確信に依り頼み、それによって人を迫害し、裁いていくような生き方、律法主義から解放されるのです。
神との、イエス・キリストとの出会いのきっかけは、人それぞれ、さまざまです。それまでの生活からの大きな変化を体験する人もいれば、そうでない人もいます。そのいずれであれ、わたしたちの前に立ちはだかるイエス・キリストとの出会いによって、わたしたちは打ち砕かれ、新たに生かされていくのです。そこに、わたしたちの回心があります。劇的な、サウロからパウロへの回心と同じことが、実は、わたしたち一人ひとりにも起っているし、これからも起っていくのです。ペンテコステの出来事は今ここにも続いています。
