小倉日明教会

『エルサレムへの旅の始まり』

ルカによる福音書 9章 51〜56節

2023年3月5日 受難節第2主日礼拝

ルカによる福音書 9章 51〜56節

『エルサレムへの旅の始まり』

【奨励】 川辺 正直 役員

口ずさめる一つの歌

 おはようございます。トーベ・ヤンソンさんというフィンランドの児童文学作家の作品に、『ムーミン谷の彗星』や、『ムーミン谷の冬』などのムーミン・シリーズがあります。このムーミン・シリーズの登場人物にスナフキンという名前の思索を好む放浪者が登場します。実は、トーベ・ヤンソンさんの昔の恋人が、スナフキンのモデルだと言われているのです。

 スナフキンは、ハーモニカを吹き、釣りをし、世界中を、旅をします。身軽に生きて行くことを好むスナフキンの荷物はリュックサックひとつのみです。持ち物を増やすことに執着せず、モノを増やすこと自体に恐れさえ抱いています。彼は、毎年、ムーミン谷の生き物達が冬眠をする頃、一人谷を後にし、どこかへひっそりと旅立ちます。そして、春の訪れとともにムーミン谷に戻ってきます。ムーミン一家とは仲が良いのですが、ムーミンの屋敷に泊まることは決してせず、川のほとりにテントを張って暮らしています。

 スナフキンは、旅人達の永遠の憧れだと思います。彼の言葉に、「長い旅行に必要なのは大きなカバンじゃなく、口ずさめる一つの歌さ」という言葉があります。人生という長旅では、大きな家、大きな車、大きな会社を持つより、口ずさむたびに、勇気が湧き、気持ちが晴れ晴れとする歌を持つことの方がはるかに大切なのだと、言っているのです。

 さて、本日の聖書の箇所から、9章51節〜19章10節までの、エルサレムへの旅が始まります。この長い後半部分での中心テーマは、「主イエスは何のために来られたのか?」という受難と復活の物語となってゆくのです。私たちは、本日の聖書の箇所を通して、私たちの人生の旅の中で、何が大切なことなのかということを皆さんと共に学びたいと思います。

エルサレムへと向かう決意を固められた主イエス

 さて、本日の聖書の箇所から始まる9章51節〜19章10節に於いて、ルカは何を書き記しているのかといいますと、主イエスの奉仕を書き記しているのです。このエルサレムへの旅という組み立てで、この長い後半部分を書き記しているのは、ルカによる福音書の独特な組み立てなのです。ルカは、ガリラヤからエルサレムへの旅の途中での出来事という仕立ての中で、たとえば良いサマリア人の譬え話や、放蕩息子の譬え話、金持ちとラザロの譬え話、やもめと裁判官の譬え話など、ルカ福音書にしかない主イエスの言葉が記録されています。エルサレムへの旅として、描かれていますが、福音記者ルカの意識はエルサレムに集中していて、やがてエルサレムで起こることがルカの強調点なのです。

 本日の聖書の箇所の9章51節には、『イエスは、天に上げられる時期が近づくと、エルサレムに向かう決意を固められた。』と書かれています。主イエスのこの旅は、エルサレムへ入城されるまで続いて行くのです。エルサレムに向かって進んで行くことが、主イエスご自身に定められた歩みであり、その道を歩むべき時が今や来ている、そのことが今、主イエスの中でひしひしと感じられているのです。エルサレムに向かう決意を固められた主イエスについて、新改訳聖書では、「エルサレムに行こうとして御顔をまっすぐ向けられ」、と訳しています。また、文語訳聖書では、「御顔を堅くエルサレムに向けて進まんとし」、と訳されています。つまり「決意を固められた」と訳されている言葉は、もとの言葉では「御顔をそちらの方にはっきりと向ける」、という書き方になっているのです。ご自身の御顔をエルサレムへと向けられ、そこに毅然として眼差しを注いで、進んで行かれるのです。私たちも毅然として、主イエスに従って行きたい、そのことを感じさせられる箇所だと思います。主イエスは十字架に向かって、エルサレムに向かっておられるのですが、ルカはそのようには書いていません。『イエスは、天に上げられる時期が近づくと、』と書いています。ここに、ルカの思いが現われていると思います。主イエスがエルサレムに行くと、私たちの罪のために、救い主である主イエスが十字架に掛かって下さるのです。しかし、十字架に架かるところで終わるのではないのです。墓に葬られ、3日目に蘇り、40日後に天に上げられ、神様の右の座に着座されるところまで、ルカは見通しているのです。ルカの手による使徒言行録はどこから始まるのでしょうか。使徒言行録は主イエスの昇天で始まり、聖霊が下り、教会が設立され、使徒たちの宣教が展開される、そのような内容を使徒言行録は描いているのです。『イエスは、天に上げられる時期が近づくと、』と書いていることから、ルカが使徒言行録の構想を頭の中で描きながら、本日の記事を書いていることが分かります。

    

 主イエスのエルサレムへの旅

 本日の聖書の箇所から、主イエスのエルサレムへの旅が始まるということをお話しました。全体としては、ガリラヤからエルサレムに向かう旅の途中での出来事という仕立てで、描かれています。通常、真っ直ぐに行けば、最短で3日程度の道のりなのです。しかし、ルカによる福音書を読みますと、主イエスのエルサレムへの旅は、ガリラヤからエルサレムまで一直線に道順に沿って、進んでいるのではないことが分かります。どのように移動したのかを見てみますと、本日の9章52節では、主イエスの一行はサマリア人の村に入っています。ガリラヤからサマリアを通過しているということです。次に、10章38節では、「ある村」にお入りになったことが書き記されています。「ある村」というのは、マルタとマリアという姉妹のいる「ベタニア」というところなのです。ベタニアはエルサレムのすぐそばの東側にある村です。その次、13章22節bでは、「エルサレムへ向かって進んでおられた」と記されています。さらに、13章32〜33節では、「イエスは言われた。「行って、あの狐に、『今日も明日も、悪霊を追い出し、病気をいやし、三日目にすべてを終える』とわたしが言ったと伝えなさい。だが、わたしは今日も明日も、その次の日も自分の道を進まねばならない。預言者がエルサレム以外の所で死ぬことは、ありえないからだ。」と書かれています。ここで、「あの狐」と書かれているのは、ヘロデ・アンティパスのことです。主イエスは、エルサレムに向かって進んでおり、エルサレム以外で死ぬことはないとおっしゃっておられるのです。さらに、17章11節では、「イエスはエルサレムへ上る途中、サマリアとガリラヤの間を通られた。」と書かれています。従って、主イエスの行程的には、また元に戻っていることが分かります。さらに、18章31節には、「イエスは、十二人を呼び寄せて言われた。「今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子について預言者が書いたことはみな実現する。」と書かれています。さらに、18章35節では、「イエスがエリコに近づかれたとき、ある盲人が道端に座って物乞いをしていた。」と書かれています。19章1節では、「イエスはエリコに入り、町を通っておられた。」と書かれています。次に、19章28〜29節では、「イエスはこのように話してから、先に立って進み、エルサレムに上って行かれた。そして、「オリーブ畑」と呼ばれる山のふもとにあるベトファゲとベタニアに近づいたとき、二人の弟子を使いに出そうとして、言われた。」と記されています。このように、主イエスのエルサレムへの旅は、順路に従い、行程順に地名が出てくるわけではないのです。

 ルカはなぜ、行ったり来たりするような、このような書き方をしたのでしょうか。ここで、考えなくてはいけないことは、主イエスは公生涯の間にエルサレムを3度訪問されているのです。主イエスのエルサレム訪問を詳細に記録しているのは、ヨハネによる福音書です。ルカは、主イエスの3度のエルサレム訪問を1度にまとめているのです。ルカは3度のエルサレム訪問を、一度にまとめ、その間に何が起きたのかということを書き記しているのです。ルカは3度のエルサレム訪問を最後のエルサレムへの旅として、行ったり来たりしながら、主イエスが弟子たちに様々な教えを語るという佇まいで描いているのです。このルカの描く、主イエスのエルサレムへの旅は、私たちに何を思い起こさせるのでしょうか?様々な奉仕をし、福音の教えを語りながら、行ったり来たりしながらゆっくりと目的地に進む主イエス一行の姿は、荒野を40年もぐるぐると歩き回った末に、長い時間をかけて約束の地に入ったイスラエルの民の姿と重なり合います。行ったり来たりしながら、それでもなお最終の目的地に向かって歩むその歩みは、使徒たちの初代教会の歩みでもあり、そして、現代の私たちの教会の歩みでもあると思います。

 行ったり来たりするこのエルサレムへの旅の中で、主イエスは何に集中して、教えを語られたのでしょうか。ルカによる福音書の中には、37のたとえ話が出てきますが、そのうち23ものたとえ話がこのエルサレムへの旅の中で出てくるのです。たとえ話を用いられるのは、弟子たちには真理を教え、群衆には真理を隠すためだからです。従って、エルサレムへの旅では、主イエスに従う弟子たちと、そうではない群衆とは、区別がより鮮明になって来るのです。そして、主イエスが、教会時代に備えて、弟子たちの教育に集中されているということと、十字架のときが近づいてきて、主イエスが信じる者と信じない者とを厳しく区別する段階に入ってきていることとが分かります。

サマリア人の村で

 本日の聖書の箇所の52節には、「そして、先に使いの者を出された。彼らは行って、イエスのために準備しようと、サマリア人の村に入った。」と書かれています。主イエスは、ご自分の前に使いを送り出されました。彼らとありますから、一人ではありません。複数名の使者を送り出したのです。それは、主イエスと弟子たちのために宿舎と食事が必要だったからです。その用意をするために、使いが送り出されたのです。彼らは宿舎と食事を準備するために送り出されたのです。ガリラヤからエルサレムまでは、真っ直ぐに行けば、最短で3日の距離です。当時、ガリラヤの人たちがエルサレムに向かうルートは2つありました。ヨルダン川の東側に出て、ヨルダン川沿いに南下してくる道、もう一つは中央山地、サマリアという地方をストレートに通過する道です。このサマリアを通過するルートが最短なのです。しかし、このルートにはサマリア人の妨害という問題があったのです。従って、巡礼者の多くは、ヨルダン川の東側を廻って旅をしたと伝えられています。本日の聖書の箇所では、主イエスはサマリアを通過するルートを選ばれています。

 それでは、なぜサマリア人が妨害するのかということを知っておく必要があります。ユダヤ人とサマリア人との間の偏見、人種的な敵対関係がどうして生まれたのでしょうか?サマリア人というのは、アッシリア捕囚の時代に、出現した混血の民です。紀元前722年に北イスラエル王国が滅びました。そして、北イスラエル王国の指導者たちの多くが、アッシリアに捕囚として連れて行かれました。アッシリアの統治政策というのは、人口を移動させ、少数の残された下層階級の人とよそから連れてきた被征服民族と結婚させて、もともとなかった混血の民を作り出す。これが、アッシリアの統治政策であったのです。サマリアに残った下層階級のユダヤ人とアッシリアによって入植させられてきた異邦人が結婚させられたのです。そして、混血の民と呼ばれるサマリア人が出現したのです。ユダヤ人たちはサマリア人に抵抗感を持っていました。ユダヤ人の視点から見れば、サマリア人は半分異教徒なのです。半分は、自分たちと同じですが、半分は異教徒なのです。そのような目で見られると、サマリア人たちも反発を感じるようになるのです。サマリア人は、ユダヤ人に対して、対抗心を燃やすことになります。そして、ユダヤ人たちが持っているヘブライ語聖書を拒否するようになるのです。但し、モーセの五書だけは認めたのです。従って、サマリア人たちが持っていたのは、サマリア五書とも呼ばれるモーセの五書で、写本的には劣っている内容ですが、モーセの五書だけは、神様の言葉として認めていたのです。そのような歴史が紀元前8世紀から、ずっと続いていたのです。それから、約700年経って、主イエスの時代になっているのです。それでも、ユダヤ人とサマリア人は敵対関係にあったのです。例えば、ヨハネによる福音書4章9節には、『すると、サマリアの女は、「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と言った。ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである。』と書かれています。これが、ユダヤ人とサマリア人の間の人種的な敵対関係であったのです。

サマリアの人々の拒絶

 そして、本日の聖書の箇所の53節には、「しかし、村人はイエスを歓迎しなかった。イエスがエルサレムを目指して進んでおられたからである。」と書かれています。使いの者たちが行って、宿と食事の準備をしようとしましたが、サマリア人たちは主イエスを受け入れなかったのです。理由は何かと言いますと、「イエスがエルサレムを目指して進んでおられたから」だと言うのです。使いの者たちは、サマリア人と交渉しましたが、拒否されました。なぜかと言いますと、これはとてもおかしな習慣ですが、ユダヤ人がエルサレムから下って、ガリラヤに向かう場合には、サマリア人はユダヤ人の通過を許したのです。逆に、エルサレムに上ってゆく場合には、サマリア人はユダヤ人の通過を妨害したのです。なぜかと言いますと、ユダヤ人は、エルサレムに上って、エルサレムで礼拝をするのです。そのことに、サマリア人は反発しているのです。サマリア人は、モーセの五書だけを持っていました。さらに、サマリア人は自分たちの礼拝の場は、エルサレムではなく、ゲリジム山だと主張していたのです。そして、サマリア人からユダヤ人に対する義憤と憎悪が起こった最大の出来事は、ユダヤ民族国家であるハスモン王朝が、紀元前2世紀にサマリア人の聖地ゲリジム山の神殿を破壊した事件です。これらの歴史的な経緯のため、エルサレムに上ってゆくユダヤ人を許せない、妨害したくなる、それが当時のサマリア人の感情であったのです。

 ヨハネによる福音書4章20節で、サマリア人の女と主イエスの会話の中で、サマリア人の女は、『わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています。』と語っています。ユダヤ人たちは、エルサレムに上り、エルサレムの神殿で礼拝することが律法に適っていると考えていますが、サマリア人はゲリジム山で礼拝を捧げるのが正統だと考えていたのです。これが、サマリア人が主イエスを拒否した理由なのです。ここで注目しておかなくてはならないのは、サマリア人が主イエスを拒否したのは、主イエスがメシアだと主張しているから拒否したのではないということです。拒否の理由は、人種的な偏見なのです。単に、主イエスがユダヤ人だから、受け入れを拒否したのです。とても残念なことですが、この村のサマリア人たちは救い主をもてなすという、ありえないような貴重な恵みの機会を放棄してしまったのです。私たちにも同じようなことはあるのではないでしょうか。助け合うことが必要な人にお仕えするのに、主イエスにお仕えしているのだ、その機会を放棄していることは、よくあるのではないでしょうか。サマリア人は主イエスがメシアであることを拒否したのではなくて、ユダヤ人だから拒否したのです。

ヤコブとヨハネの反応

 サマリア人の拒絶に遭って、弟子たちはどのように反応したのでしょうか。本日の聖書の箇所の9章54節には、『弟子のヤコブとヨハネはそれを見て、「主よ、お望みなら、天から火を降らせて、彼らを焼き滅ぼしましょうか」と言った。』と記されています。ヤコブとヨハネは、非常に過激なことを言っています。ヤコブとヨハネの態度は、相手がサマリア人であることから、非常に敵対的なものになっていることが分かります。ヤコブとヨハネは、拒否されたことから、さらにそれ以上のものをもって、報いようとしていることが分かります。『天から火を降らせて、』という言葉が出た理由は、彼らの頭の中に旧約聖書があり、エリアの奉仕のことを思い起こしていたのだと思います。どこに出てくるのかと言いますと、招詞でお読みしました、列王記下1章9〜10節に、『アハズヤは五十人隊の長を、その部下五十人と共にエリヤのもとに遣わした。隊長がエリヤのもとに上って行くと、エリヤは山の頂に座っていた。隊長が、「神の人よ、王が、『降りて来なさい』と命じておられます」と言うと、エリヤは五十人隊の長に答えて、「わたしが神の人であれば、天から火が降って来て、あなたと五十人の部下を焼き尽くすだろう」と言った。すると、天から火が降って来て、隊長と五十人の部下を焼き尽くした。』と書かれています。

 この話は、まだ続くのです。次に、再び五十人隊の隊長が五十人の部下と共に派遣されてきます。同じことが起こるのです。つまり、五十人隊の隊長が2人死んだのです。3度目の五十人隊の隊長は、謙遜な態度を取りました。そのため、破滅から免れるのです。エリヤの時代に、不信者に対して、神様の預言者に敵対するものに対して、天からの火が下ったという事例があるのです。ヤコブとヨハネは、主イエスの奉仕は、エリヤの奉仕と似ているということを理解していたのです。ですから、主イエスも天からの火を下しても良いだろうと、ヤコブとヨハネは考えたのです。ここでのヤコブとヨハネの問題は、彼らは主イエスの意向を尋ねていないのです。そうではなくて、自分たちでエリヤの役割を演じようとしているのです。自分たちが思い描いたシナリオに従って、エリヤの役割を演じて、天からの火を下しましょうかと言っている。ここに彼らの問題があるのです。

主イエスの反応

 さて、本日の聖書の箇所の9章55〜56節には、『イエスは振り向いて二人を戒められた。そして、一行は別の村に行った。』とあります。主イエスはヤコブとヨハネの態度に不快感を示されました。どうされたのでしょうか。『イエスは振り向いて二人を戒められた。』とあります。『戒められた』という言葉は、ギリシア語で、「エピティマオー」で、「叱りつける、叱責する」というかなり厳しく戒める時に使われる動詞です。この言葉は、ルカによる福音書ではどのようなときに使われているかと言いますと、ルカによる福音書4章35節には、『イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、悪霊はその男を人々の中に投げ倒し、何の傷も負わせずに出て行った。』とあります。主イエスは悪霊を叱っているのです。この動詞は、悪霊を叱る時に使われる動詞なのです。そして、主イエスが叱っているのは悪霊だけではないのです。

 ルカによる福音書8章24節には、『弟子たちは近寄ってイエスを起こし、「先生、先生、おぼれそうです」と言った。イエスが起き上がって、風と荒波とをお叱りになると、静まって凪になった。』とあります。ここでは、主イエスは自然界を叱ったのです。主イエスは、悪霊を叱り、自然界を叱り、本日の聖書の箇所では、同じ言葉で、ヤコブとヨハネを叱りつけられたのです。主イエスの激しい感情が現われていることが分かります。ルカによる福音書において、この段階では、主イエスは十字架に向かって進んで行かれているのです。主イエスの奉仕は、この段階では、裁きをもたらすことではないのです。そこが、弟子たちの認識と大きくかけ離れている点です。しかし、救い主は再び地上に再臨されます。このときには、裁きの王として戻って来られ、あらゆる悪を裁かれます。今、私たちに与えられている使命は、裁くことではありません。福音を伝えることが、今、私たちに与えられている使命です。さて、本日の聖書の箇所の出来事は、その後、どうなったのかと言いますと、主イエスと弟子たちの一行は別のサマリア人の村に行っています。おそらく、そこで宿舎と食事を見つけたのだと思います。

 今日の聖書の箇所での、主イエスと弟子たちとは、その振る舞いに大きな差異があることが分かります。主イエスは拒絶されても復讐しようとは考えませんでした。主イエスは十字架に向かう途上にありますが、この態度が、主イエスの十字架に向かう姿勢の反映だと思います。毛を刈る者の前に黙する羊のように、主イエスは黙々とエルサレムに向かうのです。それに対して、弟子たちはサマリア人に反発しました。これは、人種的偏見の反映です。十字架に向かう姿勢と人種的偏見という、全く異なる姿勢の対比をルカはここで描き出しているのです。

主イエスの眼差し

 本日の聖書の箇所の出来事の中で、主イエスに厳しく叱られたヨハネはやがてどのように変えられて行くのでしょうか?それは、ルカによる福音書の中で、ルカが描いているヨハネと、使徒言行録の中で、ルカが描いているヨハネを対比することだと言うことができます。本日の聖書の箇所で、ヨハネはサマリア人の拒絶に遭って、「主よ、お望みなら、天から火を降らせて、彼らを焼き滅ぼしましょうか」と言ったのですが、この出来事から1〜2年して、ペトロとヨハネはサマリアを訪問しているのです。使徒言行録8章25節には、『このように、ペトロとヨハネは、主の言葉を力強く証しして語った後、サマリアの多くの村で福音を告げ知らせて、エルサレムに帰って行った。』と記されています。ペトロとヨハネは福音を伝道するために、サマリアの村々を訪問しているのです。サマリアの多くの村でとありますが、その中には、ヨハネが「天から火を降らせて、彼らを焼き滅ぼしましょうか」と言った村がきっと含まれていたことと思います。

 過激で、野蛮な提案をしたヨハネが、使徒言行録の記事の中では恵みの福音を語る器に変えられているのです。これが、聖霊降臨以降の弟子たちが変えられた姿なのです。私たちは、聖霊の力によって変えられるということを信じたいと思います。コリント信徒への手紙二、5章17節には、『だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。』とあります。『キリストと結ばれる人はだれでも、』とあるのは、誰でもキリストを信じて、キリストを救い主として受け入れて生活している人は、新しく創造された者だということなのです。この言葉を信じたいと思います。私たちは、聖霊の働きによって、愛の人に変えられてゆくのです。

 ヨハネは後に、ヨハネによる福音書を著したと伝えられています。ヨハネによる福音書4章に描かれている主イエスとサマリアの女の物語は、主イエスのエルサレムへの旅の中で、人種的偏見によって起きた出来事を、福音によって乗り越えたヨハネが振り返って描いた美しい物語だと思います。主イエスとサマリアの女の物語を書いたヨハネは、過去の偏見によって主イエスに叱責されたことを恥じつつ、主イエスがサマリアの女をも身内とするお方であったことを懐かしんでいたことと思います。本日の聖書の箇所で、主イエスがエルサレムへの旅の始めに、サマリア人の地を通られたことは、やがて豊かな実を結んでゆくことになるのだということが分かります。私たちは、たとえ叱責されても、主イエスの言葉に従い、聖霊の働きによって、変えられる者となって行きたいと思います。

 それでは、お祈り致します。