小倉日明教会

『主よ、その水をください ー ヤコブの井戸の傍らで』

ヨハネによる福音書 4章 1〜42節

2023年10月1日世界聖餐日合同礼拝

ヨハネによる福音書 4章 1〜42節

『主よ、その水をください ー ヤコブの井戸の傍らで』

【奨励】 川辺 正直 役員

世界聖餐日

 おはようございます。今年も小倉教会の皆様方と、こうして世界聖餐日の合同礼拝を共に守れますことを大変嬉しく思います。信徒である私がお話するのは、なぜと思われる方もおられるかと思いますが、無牧になって以来、朱先生に、長い間、ずっと礼拝説教を担当して頂いておりましたので、たまには小倉日明教会で担当させて頂きましょうか?とご提案させて頂き、今年度の合同礼拝はこのような形となっております。一生懸命、準備して参りましたので、お聴き下さるよう、お願い致します。

 さて、10月の第一主日は世界聖餐日と呼ばれていますが、その始まりは、第二次世界大戦前の1936年、戦争へと傾斜していく対立する世界の中で、アメリカの長老教会傘下の全世界の教会で行われたのが始まりだと言われています。戦後、WCCの前身である世界基督教連合会の呼びかけによって、世界に広まっていきました。第2次世界大戦の深い傷跡の中、国や教派は違えども、世界中の教会がキリストの教会は一つであることを、共に聖餐にあずかることによって確認しようとしたのです。新型コロナによるパンデミックで、びっくりしたのも束の間、ウクライナ戦争が起こるという、この不安な時代にあって、キリストにあって一つとされる今日の合同礼拝の小さな営みがかけがえのない大切な営みだと思わされます。

 さて、本日の聖書の箇所のサマリアの女と主イエスの対話のシーンは、美しく、心を奪われるものです。とても有名な箇所ですので、みなさんも何度か、この箇所の説教をお聞きになられたことがあるかと思います。よく耳にする聖書の箇所ですが、今日の箇所を通して、主イエスは、その宣教の始めから何を目指しておられたのか?そして、私たちは主イエスの弟子として、いかに生きるべきか、ということについて、本日の聖書の箇所を通して、皆さんと一緒に学んでゆきたいと思います。

ところで、今日の箇所に『永遠の命に至る水』という言葉が出てきますが、『永遠の命に至る水』の味は、どんな味だろうかと、想像されたことはありますでしょうか?私にとって、忘れられない水の味は何かと言いますと、それは青山学院大学の名誉教授になられた故関田寛雄牧師がやっておられた、川崎にあります川崎戸手伝道所に通っていたときのことです。戸手伝道所には12年半通いましたが、戸手伝道所は多摩川の河川敷の在日の方々がお住まいの居住地区の中にありました伝道所でしたので、在日の方も何人かおられました。その中に、李美京さんというお母さんがおられました。お子さんが男の子と女の子の2人いて、2人共、戸手伝道所の子どもの教会のメンバーでした。李美京さんは韓国で生まれ育って、日本には結婚するために来られた方でした。とても、料理の上手な方で、愛餐会のときにはよく手作りのキムチを持ってきて下さっていました。夏の暑い季節の愛餐会でしたので、8月の愛餐会だったと思いますが、美京さんが持ってこられた水キムチがその愛餐会に出されたのです。とても美味しかったので、私は、向かいに座っていた李美京さんに、「これは何ですか?」と尋ねたのです。李美京さんは、「これは水キムチと言うんですよ」と答えられました。「これもキムチ何ですか?」と問い返すと、「韓国には沢山の種類のキムチがあって、季節に合わせて、いろいろなキムチを食べるんですよ」と、教えて頂いたが、つい昨日のことのように思い出されます。あの夏、戸手伝道所で食べた水キムチの水の味が、私にとって忘れられない水の味で、『永遠の命に至る水』はきっとあんな味なのだろうと思います。みなさんにも忘れられない水の味があるかと思います。忘れられない水の味を思い出しながら、本日の話を聴いて頂ければと思います。

サマリア人とゲリジム山

 さて、本日の聖書の箇所で、主イエスは今、ユダヤを去り、再びガリラヤへ移動しようとされています(3節)。ユダヤというのは、イスラエルの南の方で、死海の西側あたり、エルサレムを中心とする地域です。ガリラヤは北の方ですので、南から北へ移動しようとしているのです。それは何故かと言いますと、ファリサイ派の人々との衝突を避けるためです(1節)。まだ、十字架の時は来ていない、だから、田舎に移動して、田舎から働きをスタートさせようと、主イエスは南から北に移動を始めるというのが、本日の聖書の箇所の背景です。そして、南から北に移動するのに、サマリアを通っているのですが、これは地理的必然性ではありません。これは、サマリアを通って、一人の女性に出会い、その女性と対話をすることが、父なる神様の導き、宣教の課題であったのです。

 主イエスはどこに行かれたかと言いますと、中央山地を真っ直ぐに上がって、サマリア地方があります。このサマリア地方に、シカルという町があります。現在はナブルスという名前のヨルダン川西岸地区のアラブ人の町になっています。このシカルの近くにヤコブの井戸があります。そして、これらはエルサレムから真っ直ぐ北にあることがわかります。当時のユダヤ人は、どういうふうにエルサレムに来たかと言いますと、ガリラヤから来るときには、ガリラヤ湖のすぐ南で、ヨルダン川を渡って、川の東側を下ってきて、エリコの近辺で再び川を渡って、エルサレムに上って行くというのが普通であったのです。しかし、地理的に最短コースというのは、主イエスが通った、中央山地を真っ直ぐに北に上ってゆくコースなのです。でもユダヤ人はこのコースを通らないのです。それは、なぜかと言いますと、サマリア人とは交流したくないから、ここを避けて移動しているからなのです。従って、主イエスがここを通ったというのは、宣教の課題があったからだということが分かります。

 ここで、ユダヤ人とサマリア人の人種的対立のもともとの始まりについて辿ると、イスラエルが南北の王朝に分裂した時代に遡ることができると思います。北が10部族、南が2部族で、北がヤロブアム王を中心に分離して北イスラエル王国になった時に、エルサレムに上らなくなったのです。エルサレムに行くと、南ユダ王国と交流することになってしまうからです。そこで、エルサレムに行かせないために、2ヶ所に神殿を作って、そこで金の仔牛の偶像を礼拝させたのです。その2ヶ所というのは、ダンとベテルです。ベテルというのは、エルサレムの北19kmのところにある町です。ダンというのは、北王国の北端にある町です。

 今日のシカルという町ですが、シカルの北にエバル山があり、南にゲリジム山があります。シカルという町は、この2つの山に囲まれているのです。エルサレムも山です。しかし、サマリア人にとって、ゲリジム山というのが非常に重要な場所になっているのです。そして、北イスラエル王国はアッシリアに滅ぼされますが、紀元前734年に、アッシリアが侵入し、それ以降、北王国が崩壊の道を辿り、最後はアッシリア捕囚となってゆくのです。北王国のイエスラエル人たちの大半がアッシリアに連れてゆかれてしまいますが、残った人もいるのです。そして、アッシリアの統治政策は、征服したところに、別の民族を移住させるのです。あるいは、アッシリア人自体を移住させることもあったのです。従って、サマリアと呼ばれている地域に異邦人が流入してきて、そこで混血が繰り返されることになったのです。だから、サマリア人というのは、イスラエル人と異邦人の混血によって作り出された人種であると言うことができます。そして、アッシリアから異邦人が来た時に、偶像礼拝を持ち込みましたので、偶像礼拝が広がってしまうのです。イスラエルの神も、偶像礼拝の中の一つとなってしまっていたのです。

 主イエスの時代になると、彼らは辛うじてイスラエルの神に立ち返り、イスラエルの神だけを礼拝するというように、この時代にはなっています。ユダヤ人とサマリア人の対立の一番のポイントは、礼拝をどこでするかということであったのです。ユダヤ人はエルサレムに行って礼拝をします。サマリア人はエルサレムに行かないのです。サマリア人はゲリジム山で礼拝をするのです。今日の聖書の箇所で、このサマリア人の女性が、この山と言っていますが、これはゲリジム山のことなのです。そして、ユダヤ人たちは後に、今度は南王国の人たちはバビロン捕囚になります。バビロン捕囚から70年後に帰還するのですが、帰還してから第2神殿を建設します。その第2神殿を建設する時に、サマリア人たちが自分たちも一緒に建てたいと申し出るのですが、ユダヤ人たちはその申し出を拒絶するのです。サマリア人たちは、第2神殿の建設事業に参加させてもらえなかったのです(エズラ記4章1〜3節)。そこで、サマリヤ人たちは紀元前5世紀に、自分たちでゲリジム山に神殿を築き、ここが神様の選ばれた聖所だと宣言したのです。

 もう一つのポイントとしては、サマリア人たちも聖書を持っていましたが、彼らはモーセの5書だけを重視したのです。創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記、この5つしか認めなかったのです。そして、モーセを預言者として、非常に崇拝していたのです。モーセの5書以降の歴史書や預言書は認めなかったのです。それで、彼らが持っていた聖書は、サマリア5書と言うのですが、聖書本文としては非常に正確性に欠けますから、学問的に研究するときには、サマリア5書はあまり役に立たないのです。一番の問題は何かと言いますと、一部、書き換えられているのです。例えば、アブラハムが息子イサクを捧げた山は、モリヤの山(創世記22章1〜19節)なのですが、サマリア5書では、ゲリジム山となっているのです。このことからも、サマリア人の意識がユダヤ人と対抗していることが分かります。

 ですから、ユダヤ人もサマリア人のことが民族的にも、宗教的にも、許せなくて、嫌いであることも理解できます。どれ位、嫌であったかと言いますと、ユダヤ人の祈りに次のような言葉があるのです。『私の目がサマリア人を見ることがないように、主よ、どうぞ私の目を守ってください』。この祈りは、見たら、汚れるという考え方を示しています。これだけ、ユダヤ人に軽蔑されると、サマリア人もやり返すことになります。ユダヤ人とサマリア人とは、お互いにそれだけ嫌っていた、そういう雰囲気の中で、今日の物語が起きているのです。

    

 その水をください

 さて、主イエスはこのサマリア地方に入り、シカルという町にやって来られました。主イエスは旅の疲れをお覚えになり、この町にある井戸のそばに座り、休んでおられました。福音記者ヨハネはわざわざその時刻を記して、「正午ころのことである」と言っています。それは、そのすぐ後に記されるサマリアの女が水を汲みに来たという出来事が、普通はあり得ない、異常な出来事であったからです。亜熱帯性の気候であるこの地方では、井戸の水は朝早く汲みに来るのが女性たちの日課でした。あとは夕方になってどうしても足りなくなった時だけ汲み足しに来るだけだったのです。一番暑く、日照りの強い時間帯を選んで、わざわざ井戸の水を汲みに来ることは、訳ありのことであったのです。

 人々が昼食を取っている時間帯に、わざわざ人目を盗むようにしてやってきたこの女性は、井戸のそばで、顔立ちや身なりからユダヤ人と分かる男性が休んでいるのを見て、どんなにか驚き、不安に思ったことでしょう。もしかしたらもう少し時間をおいて、出直して来ようかと、思ったかもしれません。けれどもその時にはもう主イエスの眼差しの下にとらえられていたのです。心を迷わせていた女性に、主イエスは語りかけられました、「水を飲ませてください」(7節)。女は答えました、「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」(9節)。このサマリアの女は、それはありえないでしょと、主イエスの依頼を拒絶したのです。

 先ほど触れたような、サマリア人とユダヤ人との歴史的な対立をお話しましたが、「ユダヤ人のあなた」が、「サマリア人の女のわたし」に、「水を飲ませてください」と頼むことが、サマリア人にとっても、ユダヤ人にとっても、どれほどあり得ないことかということを理解する必要があると思います。サマリア人の女性が使用している容器から、ユダヤ人が口をつけて飲むということが、サマリア人にとって、そして、ユダヤ人にとってにとって、どういうことであったかということをたとえで考えてみますと、お皿が1枚、スプーンが1本しかない家で、カレーライスをごちそうになるようなものだと思います。ある家で、夕食をごちそうするからと呼ばれて行ってみると、1枚のお皿に盛られたカレーライスがあって、席に着くと、その家の主人が、それじゃあと言って、カレーライスを一口食べて、これはうまいからお前も食え、とその皿とスプーンを自分の方に勧めてきます。一口食べると、次は、俺が食べるからと、お皿とスプーンが向こう行きます。こうして、一口毎に、お皿とスプーンが自分と主人の間を行ったり来たりさせながら、食べなくてはならないとしたら、普通は、これはシンドイなあと思うのではないでしょうか。これが耐えられないかどうかは、相手と自分との関係性によっても変わって来ると思います。そう考えると、このとき主イエスは、意識の上では、このサマリア人の女性の近くにまで踏み込んで、話しかけていることが分かります。

 そう考えると、サマリア人の女性が「あんた誰?」という反応になって、「ここまでよ」とシャッターを下ろしてしまうのも分かるかと思います。ところが、二人の会話は、この女性のピシャリと切ってしまう、その一言では終わらなかったのです。主イエスから始まった語りかけは、それを切断しようとするこの女性の思いに反して、もう一度なされるのです。しかも、とても不思議な言葉で、主イエスは話しかけられるのです。

 「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう」と、10節には記されています。もし、あなたが、わたしが誰であるのかを知っていたなら、あなたの方が水をください、と求め、その願いは生ける水を頂くことによってかなえられただろう、と言っているのです。

 主イエスは霊的な話題に移行しているのですが、そのことはこの女性には分かりません。女性はいぶかしく思って、さらに尋ねます、「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか」(11節)。中東の井戸は水を汲むつるべが備えつけられていません。それは、持参するのが当たり前であったのです。しかも、「ヤコブの井戸」と呼ばれたこの井戸は、約30メートルの深さがあり、パレスチナで最も深い井戸だと言われています。何の道具もなしで、「生ける水」を与えることなどできるのですか、という問いです。そして、サマリアの女性は、「あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです」(12節)と言っています。あなたから水をもらわなくても、私には今使っているこのヤコブの井戸があるのです、と言っているのです。ところが、主イエスは、「生ける水」と、ヤコブの井戸からくみ出される水とは全く違うものであることを示されるのです。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」(14節)とあります。主イエスが与える水は、「決して渇かない」と言うのです。その水そのものが、泉となって、「永遠の命に至る水」を湧き出させてくださるというのです。

 この主イエスが語る途方もない恵みに、それまで心を閉ざしていた、このサマリア人の女性が反応するのです。「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください」(15節)と言ったのです。この言葉に、一番驚いたのは、このサマリア人の女性自身だと思います。人目を避けて、暑い日中に水を汲みに来なければならない、そういう共同体の中で、生き辛い事情を抱えた女性の魂の叫びが、主イエスの語る途方もない恵みを前に、ユダヤ人なんかとは絶対に関わらないと思っている自分の口から飛び出して来たのだと思います。「その水をください」というこのサマリア人の女性の言葉が、単に便利に生活のための水を求めたのではなくて、生き辛さを抱えた人の叫びだと考える理由を次に考えてみたいと思います。

神に生かされて 田原米子さん

 生きる希望を失った、多くの人生相談に乗り、キリストの救いに導く働きをして来られた田原米子さんというクリスチャンの方がいらっしゃいます。田原さんは16歳のときに、愛するお母さんを突然、脳溢血で失って以来、生きることの本当の意味を求めてさ迷い続けたのでした。そして、18歳のときに、1日も早くお母さんのところへ行きたいという死の誘惑に負けて、ついに小田急線の新宿駅で電車に身を投げて、自殺を図ったのです。救急搬送先の新宿にある大学病院で、たまたま遅くまで残っていた医師の迅速かつ適切な処置によって、一命は取りとめたものの、左足のひざと、右足首、左手は付け根から、そして右手も親指、人差し指、中指の3本を除いては失ってしまったのです。手足の感覚はあったので、まさか自分の両足と片腕が失われているとは、2ヶ月を経過するまで気が付かなかったそうです。しかし、2ヶ月が経過して、起き上がるときに、前のめりにバランスを失って、感覚はあってみ、自分の両足と片腕が切断されていることに気がついてからは、大変であったそうです。誰が見ても気持ち悪いに違いない、もう私は人間ではない。家族の厄介者になる、このままの見苦しい身体では生きては行けない、自殺を今度こそは成功させなくてはいけないと思っていたそうです。

 そういう時に、宗教嫌いの田原さんに、学校の国語の先生の友人ということで、先生が、アメリカ人の若い宣教師ともっと若い通訳の青年を連れて来たのです。しかし、田原さんは、何だこの人たちはと思って、全く受け入れようとはしなかったそうです。それで、訪ねて来ても、ろくに返事もしなかったそうです。ところがこの2人は懲りずに、週1回ずつきちんきちんと訪ねてくるのです。そして、言ったことは守るし、ちょっとでも間違うと、ちゃんとはっきりごめんなさい、こういう理由で、こうして忘れましたと、率直に謝るのです。

 田原さんが嫌味を言っても、意地の悪いことをしても、怒ったりせずにいるのを見ていると、本当に喜怒哀楽もキリスト教に吸い込まれちゃって、男らしく生きる気力もなくなって、宗教にすがっているのかしらと思っていたそうです。しかし、そうではないことが分かってきたそうです。本当に確信を持って、しっかりと生きていると思ったそうです。そして、男らしいなあと思ったそうです。そして、この人たちが信じているものが本物だろうかと思ったのだそうです。本物だったら、それに賭けてみようかと思ったそうです。主イエスが死んでがっかりしているお弟子さんたちのところへ、主イエスがエマオへの道で来てくださったという話を聞いていて、私の人生にもそんなことが起こるのだろうかと思った時に、『米子さん祈ってみますか』、と宣教師のかたがおっしゃったのです。祈ることなんてやったことはなかったそうですが、宣教師の方が、思ったことを言ってみて、それが祈りですよ、神様は形ではないから、聞いてくださいますよとおっしゃったそうです。わからないので、黙っていたら、宣教師の方も黙っている。そうして、小さな、小さな声で、「神様、」と言った途端に、胸がキューッとなって、みずおち辺りが詰まってきて、苦しくなってきたそうです。その中で、気持ちの中で、このまま恥を晒しながら、手足がないのを人に見られて、可哀想がられて生きてゆく、こんな残酷な生き方はない、死んだほうがましだ、生きるなら、お腹のそこから笑うような生き方を一回でもしてみたいと思った途端に、『助けて下さい!』と言っていたそうです。それは、用意していなかった言葉だったのです。そしたら、もう言葉も何もなくて、ポタポタと涙が出てきてしまったら、通訳の青年が手をかけて来て、それが祈りですよと言ったそうです。

 そして、このときの経験が、田原さんの人生を変えてゆくきっかけとなってゆくのです。

 本日の聖書の箇所のサマリアの女性の「その水をください」という言葉も、この世に生き辛さを抱えた人の祈りであったと思います。しかし、このサマリアの女性は、自分がまだ何を願っているのかよく分かっていないのです。「その水をください」という言葉は、共同体の中でつまはじきにされて、孤立し、軽蔑されていたこの女性の「私を助けて下さい」という叫びなのです。交わりを失い、孤独に陥っている自分の生活を何とかしたい、新しい生き方を得たい、という願いがそこには込められています。つまり彼女の心の中の、まことの水への渇きがここに現れ出ているのです。

わたしには夫はいません

 そこで、主イエスはもう一歩踏み込むのです。主イエスは彼女に、「あなたの夫をここに呼んで来なさい」(16節)とおっしゃったのです。主イエスが女性に夫を呼ぶことを求められるのは、女性の不道徳な生活を暴露するためではなく、過去と現在を見通す霊的な力を現して、主イエスが神から遣わされた方であることを示すためだと思います。しかし、女性の心には痛みが走ったことと思います。一番痛いところ、つらいところに触れたのに違いないからです。女性は「わたしには夫はいません」という当り障りのない返事ですませ、その場を逃れようとしますが、主イエスはその背景にあることもすべてご存知であることを示されました。「あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたは、ありのままを言ったわけだ」(18節)とあります。

 「五人の夫がいた」というのは、この女性がこれまで次々と夫が替わり、五人の夫と暮らしたという過去の生活の実態を、主イエスが見通しておられることを示しています。この場合、「いま連れ添っているのは夫ではない」というのは、今一緒に生活している男性は正式に結婚している者ではない、すなわち内縁関係の男性ということだと思います。主イエスの言葉は、この女性の過去や現在を非難しているのではなく、事実を正確にも通していることを示しているのです。このような生涯は、この女性が不道徳であって男を次々と取り替えたことを意味するとは限りません。病死や離縁などを繰り返す悲運の生涯もあります。それが不道徳の結果であれ、悲運の結果であれ、そういう人間の側の事情に関わりなく、主イエスはこの不幸な女性に真理を与えようとされるのです。

まことの礼拝

 自分の過去と現在をすべて見通された主イエスの言葉を聞いて、この女は主イエスに言います、「主よ、あなたは預言者だとお見受けします。わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています。」(19~20節)とありますサマリアの神学では、モーセの次に登場する預言者は1人しかいないのです。それがメシアです。従って、あなたは預言者だと思うというのは、主イエスがメシアであることを認識し始めていることを示しているのです。その証拠に、対話の最後には、主イエスこそメシアであることを信じるようになります。しかし、ここで人に知られたくないこの女性の事情を、主イエスにはっきりと言われてしまうと、この女性は神学的な話題へと逃れようとするのです。そして、礼拝をするべき場所についての問いが始まるのです。これが、ユダヤ人とサマリア人の神学の対立の中心点なのです。ユダヤ人はエルサレムで礼拝をすると言い、サマリア人はこの山、ゲリジム山だと言うのです。ところが、これに対して、21〜22節で、主イエスは新しい時代が来るのだと言われたのです。旧約聖書の教えでは、礼拝の場所は、ゲリジム山ではなくて、エルサレムです。しかし、場所が問題ではなくなるときが来ると、主イエスは語るのです。救いはユダヤ人から出ると言われています。つまり、メシアはユダヤ人から出るということです。そして、ユダヤ人は救いを提供するためだから、彼らが、エルサレムが礼拝の場だというのが正しいのだけれど、それが終わる時が来るのだと言われたのです。そして、まことの礼拝が何かということを主イエスは言われます(23〜24節)。ここで、主イエスは父なる神様の本質は霊であると啓示されたのです。そして、礼拝する者は霊と真理をもって礼拝しなければならないと、言われました。「神は霊である。」という短い言葉で、主イエスはすべての偶像礼拝を否定されたのです。偶像ではないまことの神様を礼拝する場合は、どこで礼拝するかという場所さえも、どういう形式で礼拝するかという形式でさえも、問題ではないとおっしゃられているのです。つまり、まことの神様を、神と認める心のあり方、これは主イエス・キリストを救い主として受け入れ、信じた人にのみが持ち得る真実の心のあり方です。その真実の心がなければ、全く意味のない礼拝になっているんだと、主イエスは仰って下さったのです。

それは、あなたと話をしているこのわたしである。

 サマリア人も、ユダヤ人と同じメシア信仰を持っていて、メシアの到来を長年に亘って、その到来を待ち望んでいたのです。25節で、このサマリア人の女性は、メシアが到来したら、すべての宗教的な混乱は収まるのだから、そうなれば、私もどちらでも信じるので、それまで私をほっておいてちょうだいと、問題は先延ばしにしようとするのです。しかし、主イエスは「それはあなたと話をしているこのわたしである」(26節)とおっしゃり、ご自分がどなたであるのかを開き示されるのです。つまり、この女性が言っているメシアというのは、『私だ』とおっしゃられたのです。このサマリアの女性が、主イエスのこの言葉を受け止める準備をする間もなく、主イエスはご自身がメシアであることを宣言されたのです。主イエスは通常、私は甦りです、生命です、というように、『私は何々です』とおっしゃられるのですが、それは主イエスのメシア性の宣言です。ここでは、何々とは言っていなくて、『私である(I am.)』で終わっているのです。これは、物凄いエネルギーを込めて語っている、絶対的な『私である(I am.)』なのです。それを主イエスがここで語っていることを、この女性は受け止めるべきなのです。まだ弟子たちにさえも、ここまで明確にご自身のメシア性を宣言していない、ましてやユダヤ人やファリサイ派の人々や律法学者たちには、これっぽっちも語っていないのに、このメシア性の宣言を、ユダヤ人が軽蔑していたサマリア人の女性で、しかも、何度も結婚を繰り返していた、この名も知れぬ女性に向かって、主イエスが『私である(I am.)』とおっしゃられているこの重みを私たちは、今日、受け止めたいと思います。主イエスがサマリアを通って行かなければならなかった意味が初めて、私たちに啓示されたのです。ここでの教訓は何かと言いますと、あらゆる人が渇いていて、主イエスを必要としている、そして、主イエスはこの女性に語りかけ、ご自身が何者であるかを啓示されることで、あらゆる民族的、社会的、宗教的な壁を壊されたということです。

 そして、『時が来る。』と主イエスはおっしゃられていますが、ヨハネによる福音書では、『時』という言葉は、非常に重要な神学用語なのです。主イエスにとっての『時』というのは、十字架に架かる時なのです。ですから、主イエスが23節で『しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。』と言っているのは、復活の先にある時を見て、おっしゃられているのです。それは、新約時代、教会時代、めぐみの時代を見ておられるのです。本日の聖書の箇所では、この後、このサマリア人の女性は町の人々に、主イエスのことを証言し、その町の多くのサマリア人が主イエスの元にやってきて、この町に留まるようにたのみ、主イエスは二日間その町に滞在し、多くの人々が主イエスの言葉を聞いて、この方が本当の世の救い主であることを信じたということを伝えています。主イエスの言葉を聞いて、ユダヤ人たちは主イエスの言葉を拒否しましたが、サマリア人たちは主イエスの言葉を聞いて信じたのです。ここには、聖霊降臨の後の異邦人伝道、世界宣教を予表することが、このシカルというサマリアの町で起きていることが記されています。主イエスは、その公生涯の初めの段階から、異邦人伝道、世界宣教を見通して、弟子たちに大切な教えとして、見せているのです。そして、私たちは、主イエスが『時が来る。』とおっしゃられた、その時が成就した教会時代に生きています。私たちは、主イエスがその宣教のはじめの段階から、全世界の人々を救われることを望まれて、十字架への道を歩み始められたことを本当に私たちの喜びとして、主イエスの言葉に従って、歩んでゆきたいと思います。 

 それでは、お祈り致します。