小倉日明教会

『「選ばれた者なら、自分を救うがよい」 −嘲り、罵りの中で、主は祈られた−』

ルカによる福音書 23章 32〜38節

2025年8月24日 聖霊降臨節第12主日礼拝

ルカによる福音書 23章 32〜38節

『「選ばれた者なら、自分を救うがよい」 −嘲り、罵りの中で、主は祈られた−』

【奨励】 川辺 正直 役員

【奨 励】                  役員 川辺 正直

ザビエル上陸記念碑

 おはようございます。下関市の唐戸市場からカモンワーフへと進むボードウォークの途中に『ザビエル上陸記念碑』があります。フランシスコ・ザビエルは、1549(天文18)年に種子島に上陸しました。翌年、ザビエルは都での宣教を志ざし、フェルナンデス修道士と日本人の信者を伴って、下関に上陸したのです。『ザビエル上陸記念碑』は、ザビエルの来日450年を記念して、建立されました。ザビエルはポルトガルを出て、8年かけて九州の鹿児島に上陸し、翌年の1550年に山口に入るのです。彼にその思いを決断させた聖書の言葉もそこに刻まれていました。『人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。』(マタイによる福音書16章26節)という主イエスの言葉です。これは『人の命は何よりも尊い』ということだけを言いたいわけではありません。この地上でいくら富んでいても、自分を造られた神様の前に、富んだものでなければ永遠の祝福にならない、ということです。地上だけで終わってしまう命ではなく、永遠の命があること。そして、人間はそれを信仰によって受け取ることができるのだということを聖書は語っています。福音と言われるその知らせを伝えるためにザビエルは日本にまでやって来たのです。元々は、立派なお城に住んでいるような貴族出身のザビエルでしたが、主イエスの救いに与り、喜び、このことを伝えたい一心で多くの危険を乗り越えて、はるばる日本までやって来て、日本人に『主イエスの福音』を伝えたいという思いには、頭が下がるのではないでしょうか。

 しかし、フランシスコ・ザビエルよりも、もっと遠くから私たちの救いのために来られた方がおられます。その方は、主イエス・キリストなのです。前回は、主イエスが十字架に架けられる刑場へと連れて行かれる場面を読みました。本日は主イエスが十字架に架けられる場面を読みます。主イエスが十字架で苦しみを受けた出来事には、どのようなメッセージがあるのかということを考えながら、本日の聖書の箇所を読んでゆきたいと思います。

二人の犯罪人と共に

 本日の聖書の箇所のルカによる福音書23章32節を見ますと、『ほかにも、二人の犯罪人が、イエスと一緒に死刑にされるために、引かれて行った。』とあります。この32節は、どのような役割があるのかと言いますと、前回お話しましたヴィア・ドロローサ、『苦しみの道』から、場面が『されこうべ』と呼ばれるゴルゴタの丘となる次の展開を見せますよという架け橋となっているのです。そして、この32節は、2人の犯罪人が主イエスと共に死刑にされるために、刑場へと引かれて行ったということは、逆読みしますと、主イエスは2人の犯罪人と一緒に死刑になるために引かれて行った、即ち、主イエスは犯罪人の1人に数えられているということを表しているのです。これを予言的には、主イエスの辱めを表現しているということなのです。このことにも旧約聖書の下敷きがあるのです。イザヤ書53章12節を見ますと、『それゆえ、わたしは多くの人を彼の取り分とし/彼は戦利品としておびただしい人を受ける。彼が自らをなげうち、死んで/罪人のひとりに数えられたからだ。多くの人の過ちを担い/背いた者のために執り成しをしたのは/この人であった。』とあります。このイザヤ書の箇所で、『彼』とありますのは、主イエス・キリスト、メシアのことです。メシアが自分の命を自らなげうち、死んで、罪人のひとりに数えられた1人となった。そして、メシアは多くの背いた者のために執り成しをし、このメシアの犠牲の故に、キリストは勝利する位置に、神様によって置かれるのだ、という予言があるのです。従って、この32節の記述は、旧約聖書の予言を背景に書かれているということを、私たちは覚えておきたいと思うのです。

『されこうべ』と呼ばれている所で

 本日の聖書の箇所の33節を見ますと、『「されこうべ」と呼ばれている所に来ると、そこで人々はイエスを十字架につけた。犯罪人も、一人は右に一人は左に、十字架につけた。』とあります。主イエスが十字架に架けられた刑場ですが、これはアラム語で『ゴルゴタ』と言います。しかし、福音記者ルカは、アラム語を使っていません。ルカは、ここでは『クラ二オン』という、『されこうべ』という意味のギリシア語の言葉を使っているのです。つまり、ルカは異邦人信者が分かるように、配慮して書いているのです。この刑場は『されこうべ』と呼ばれていますが、私たちが誤解しがちなのは、『されこうべ』の形をしていたから、『されこうべ』と呼ばれていたのではないかと考えてしまうということです。それは違っていて、この場所は十字架刑を執行する刑場なので、『されこうべ』と呼ばれていたのです。日本でも、耳塚、あるいは、鼻塚という名前で呼ばれている、文禄・慶長の役における朝鮮および明兵の戦死者の耳や鼻を弔った遺講がありますが、そこは耳や鼻のような形をしている訳ではないのです。弔いの場所だから、そのような名前で呼ばれているのです。この聖書の箇所でも同じで、『されこうべ』と呼ばれている場所は、十字架刑を執行する刑場だから、そのように呼ばれているのです。

 さて、主イエスたちは、その『されこうべ』と呼ばれている刑場に着いたのです。そこで、兵士たちは主イエスを十字架につけた訳ですが、32節でお話しましたように、2人の犯罪人たちも一緒でした。従って、そのうちの一人は右に一人は左に、十字架につけたのです。つまり、3本の十字架が立てられて、その真中に主イエスが架けられたということで、ルカは何を伝えようとしているのかと言いますと、この一連の出来事の中心に主イエスがおられるということと、それと同時に、主イエスのそばに罪人がいたということだと思います。即ち、この聖書の記述が語っているのは、主イエスは罪人のひとりに数えられたということ、さらに言えば、主イエスは罪人が手を伸ばせば、すぐにも手が届くような近いところにおられるというだと思います。現代の日本に生きる私たちにとって、神様というのはとても遠い存在のように思われるかもしれません。しかし、聖書が語る神様というのは、そうではないと思います。私たちが手を伸ばせば、手の届くところに、主イエスはおられ、私たちを助けようとしていて下さっているのだと思います。

くじを引いて服を分け合う

 次に、本日の聖書の箇所の34節を見ますと、『〔そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」〕人々はくじを引いて、イエスの服を分け合った。』とあります。ルカが主イエスの受難の記事を書いている視点というのは、旧約聖書がここで成就しているという視点ではないのです。マタイによる福音書やヨハネによる福音書は、特に旧約聖書の成就という視点で、主イエスの受難を記していますが、ルカは旧約聖書が成就したとは書いていないのです。ルカの視点は何かと言いますと、十字架に架けられ、死に直面していても、どれほど激痛に見舞われていても、罪を赦そうとしておられる主イエス・キリストの姿を描くということであったと思います。死に瀕する中で、なお罪を赦そうとされるメシアの姿が、ルカが描いている主イエスの姿であると思います。十字架につけられた主イエスは彼らのために、『父よ、彼らをお赦しください。』と祈られました。彼らというのは、誰のことでしょうか?彼らは自分が何をしているのか知らない人たちで、彼らは主イエスの服を分け合うためにくじを引いた人たちで、具体的にはローマ兵たちなのです。ご自分を殺そうとしている兵士たちを見ながら、その兵士たちのために祈られたのです。彼らは無知の故に、主イエスを殺そうとしている、あるいは、上官から命令を受けたから、主イエスを殺そうとしているのです。彼らは、神様の御子であり、罪なき方である主イエスを十字架につけるという罪の重さを認識していないのです。その彼らのために、主イエスは彼らの罪をお赦し下さいと、父なる神様に祈ったのです。この主イエスの祈りによって、神様の怒りが鎮められたのです。死のうとしている時に、彼らの罪をお赦し下さいと祈られた主イエスの祈りは、私たちにも向けられた祈りであると思います。

 この34節では、主イエスと兵士たちの様子が、対比的に描かれています。主イエスは自分を殺そうとしている人たちのために祈っておられるのですが、兵士たちは自分のことしか考えていないのです。彼らは、主イエスの服を分け合うために、くじを引いているのです。このとき、主イエスが身につけている服は上から下まで縫いがないものなのです。分割すると価値がなくなってしまうのです。死刑を執行するローマ兵たちは、犯罪人が所持しているものを分割して所有して良いという役得に預かることができたのです。詩編22編の17~19節を見ますと、『犬どもがわたしを取り囲み/さいなむ者が群がってわたしを囲み/獅子のようにわたしの手足を砕く。//骨が数えられる程になったわたしのからだを/彼らはさらしものにして眺め//わたしの着物を分け/衣を取ろうとしてくじを引く。』とあります。服をくじで分け合うというのも、その人を侮辱し、苦しめることだと思います。主イエスはこの詩人が預言した通りの仕方で侮辱され、辱められたのだと思います。

選ばれた者なら、自分を救うがよい

 本日の聖書の箇所の35節を見ますと、『民衆は立って見つめていた。議員たちも、あざ笑って言った。「他人を救ったのだ。もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい。」』とあります。民衆は、ここでは傍観者となっています。この民衆の中には、間違いなく1週間前に、主イエスが勝利の入場した時に立ち会って、主イエスを歓迎した人たちがたくさんいたと思います。本日の聖書の箇所の場面では、彼らは態度を変えて、傍観者となっているのです。最高法院の議員たちは、『他人を救ったのだ。もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい。』と言っているのです。なぜ、彼らはどうしてこのようなことを言っているのかと言いますと、彼らは主イエスが教えていた言葉を覚えているので、そのときの言葉をそのまま使って、もし、お前の言う通り神様のキリストで、選ばれた者であるなら、と彼らは言っているのです。そして、その次に『自分を救うがよい。』と言っているのです。ここでの救うということの内容ですが、これは肉体的解放と霊的解放の両方を意味しています。自分を救ったら良いと、彼らは主イエスをあざけったのです。

これはユダヤ人の王

 本日の聖書の箇所の36〜38節を見ますと、『兵士たちもイエスに近寄り、酸いぶどう酒を突きつけながら侮辱して、言った。「お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ。」イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王」と書いた札も掲げてあった。』とあります。酸いぶどう酒、又は、苦みを混ぜたぶどう酒とかを、十字架刑の際に差し出す場合があるのですが、その場合には、鎮痛剤として差し出すのです。ここでは、この酸いぶどう酒を突きつけというのは、嘲りの一環なのです。従って、嘲って、このように言ったのです。『お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ。』と言ったのです。『ユダヤ人の王』という言葉をなぜ使っているのかと言うと、『これはユダヤ人の王』と罪状を書いた札が、主イエスの頭の上に掲げてあったからなのです。この記述から、主イエスが架けられているのは、十字架であることが分かります。両手を広げて、そして、頭の上にまだスペースがあるのです。そして、その頭の上に、『これはユダヤ人の王』と書かれた札が掲げられている。それを見て、『お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ。』と、兵士たちも嘲ったのです。ここでは、主イエスの罪人たちを赦す愛の祈りと、主イエスを取り巻く人々、さらに兵士たちの残酷な姿とが、見事に対比されているのです。

主イエスの祈り

 本日の聖書の箇所の34節をもう一度見ますと、『〔そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」〕人々はくじを引いて、イエスの服を分け合った。』とあります。主イエスを嘲る人々と主イエスの祈りとが対比されていることから、この34節が、今日の中心聖句であることが、分かります。ここで、この主イエスの祈りのどこが凄いのかということを考えてみたいと思います。十字架につけられた肉体的苦しみの中で、また徹底的に侮辱され、嘲られ、ののしられる中で、彼ら、つまり自分を十字架につけた人々への赦しを、主イエスは父なる神様に祈ったのです。その『彼ら』の中には、今、主イエスを嘲り、ののしっている人々も含まれていると思います。主イエスを十字架につけて殺し、抹殺しようとしている、そこにおいて、自分を救う力のないお前は救い主でも王でもないとののしっている人々、それら全ての人々の罪の赦しを、主イエスは祈り願われたのです。その祈りの根拠、あるいは、前提として、彼らは『自分が何をしているのか知らないのです』と、主イエスは言っておられます。主イエスを十字架につけた人々も、嘲りののしっている人々も、自分が何をしているのか、そして今何が起っているのかを知らないのです。だから、彼らを赦してくださいと、主イエスは祈っておられるのです。

 34節のこの部分全体に括弧がつけられています。それは、古い写本にこの箇所が欠けているものがあり、もともとこの部分があったのかどうか疑いがある、ということです。しかし、この主イエスの祈りの言葉は、ルカによる福音書の描かれている主イエスのメシア像とよく一致していると思いますので、私たちはこの主イエスの祈りを、十字架の上での主イエスの言葉として大切にしたいと思うのです。

 フランスの歴史学者であるパピーニは、『この言葉は人間が生まれて、祈り始めてから、これ以上に神聖な祈りの言葉が天にささげられたためしがない』と感嘆しています。神様であるのにもかかわらず、私たち人間の罪のどん底にまで降りて、共に悩み、苦しんでおられるお方、それだけでも聖なるお方と言わざるを得ませんが、それだけではなく、『父よ、彼らをお赦しください。』と、執り成しを祈っておられる。このことこそは、本当の奇跡としか言えない言葉であると思います。この主イエスの祈りが、私たちに提案する新しい生き方とは、どのようなものなのでしょうか。そのことを次に考えてみたいと思います。

真珠湾総攻撃隊長、淵田美津雄中佐とマーガレット・コヴェル

 1941年、12月8日、日本海軍は奇襲作戦として真珠湾攻撃を行います。海軍中佐の淵田美津雄は、6隻の空母から発した戦闘機や爆撃機など350機を陣頭指揮し、米太平洋艦隊に大打撃を与えます。アメリカの戦艦4隻が沈没し、300名の命が奪われます。暗号電報『トラトラトラ』(ワレ奇襲に成功セリ)は有名で、映画の題名にもなりましたが、この電報を打電したのが、淵田美津雄中佐なのです。淵田中佐は、戦争中はまさに典型的な軍人で、大和魂の塊(かたまり)のような人でしたが、戦後キリスト者となり、さらにキリストの福音を宣べ伝えるようになった人でした。その淵田美津雄さんがキリストに傾くきっかけとなった出来事がありました。

 終戦後、連合国による戦犯裁判が始まりました。淵田さんはそれについて、『これは人道などの美名を使ってはいるけれど、勝者の敗者に対する一方的な合法に名を借りた復讐でしかなかった』と思いました。それで、逆に淵田さんは、連合国側もいかに非人道的な行為をしたかの証拠を集めようとしました。戦争中に連合国側の捕虜となって、戦後帰還して来た人々から取材をすることにしたのです。アメリカから送還された旧日本軍捕虜が、浦賀に設けられた収容所にいったん入れられました。淵田さんはそこに出かけて行って、捕虜になった人たちから、連合国側の捕虜虐待に関する調査を始めたのです。やはり中には、随分ひどい扱いを受けた日本兵たちもいたのでした。

 すると、アメリカのユタ州から帰還した兵士たちがある出来事を語りはじめたそうです。彼らは20人ばかりで、腕を落としたり、足を切断したり、といった重傷者たちでした。そして、アメリカのユタ州のある町の捕虜病院に収容されました。そこで手当を受けながら、義手義足も作ってもらったそうです。するとある日、20歳前後の若いアメリカ人女性が現れ、日本人捕虜に懸命の奉仕をし出したそうです。それが、マーガレット・コヴェルという女性でした。彼女は日本の捕虜たちに向かって、『皆さん、何か不自由なことがあったり、何か欲しいものがあったりしたら、私におっしゃって下さい。私はなんでもかなえて上げたいと思っています』と言ったそうです。捕虜たちは、最初、何かの売名行為かと思っていたそうです。ところが、このお嬢さんのすることが、全くの純粋な奉仕であったのです。手足の不自由な捕虜たちに、親もおよばぬ看護をしたそうです。なにか捕虜たちの身辺に不足しているものを見つけたら、翌朝は買い整えて来るというサービスぶりであったそうです。そうした心からの看護が2週間、3週間と続いて行くうちに、捕虜たちは心を打たれたと言うのです。それで、『お嬢さん、どういうわけで、こんなに私たちを親切にして下さるのですか?』と聞いたそうです。

 彼女はしばらく黙っていたそうですが、やがて彼女は言いました。『私の両親があなたがた日本の軍隊によって殺されたからです。』衝撃の事実でした。彼女マーガレット・コヴェルの両親はキリスト教の宣教師で、関東学院のチャプレンであったそうです。そして日米開戦前、引き揚げ勧告によってフィリピンのマニラに移ったそうです。しかし、日本軍のマニラ占領によって、両親はルソン島の山中に隠れたそうです。やがてアメリカ軍の反転攻勢が始まり、昭和20年1月、アメリカ軍はマニラに上陸し、そこを占領しました。それで、日本軍はルソン島の山中に追い込まれることとなりました。そのとき、ゴヴェル宣教師夫妻の隠れ家が日本軍に見つかったのです。日本兵は、コヴェル宣教師夫妻にスパイの嫌疑をかけ、日本刀で夫妻の首をはねて殺したそうです。

 このできごとは、アメリカで留守を守っていた娘マーガレットにも伝わりました。彼女の心は、両親を失った悲しみと、両親を処刑した日本兵に対する怒りでいっぱいになりました。しかし、アメリカ軍の報告書には、このとき目撃していた現地の人の話が記されていました。その報告書によると、彼女の両親は両手を縛られ、目隠しをされていましたが、日本刀を振りかざす日本兵のもとで、2人は心を合わせて熱い祈りを捧げていたということでした。

 マーガレットは、地上におけるこの最後の祈りで、両親が何を祈ったかということを考えてみました。すると彼女は、自分はこの両親の娘として、自分の在り方は、憎いと思う日本人に憎しみを返すことではなく、両親の志を継いで、キリストを伝える宣教に献身することだと考えたそうです。そして、自分の住んでいる町に日本兵の捕虜収容所の病院のあることを知りました。マーガレットは、捕虜となって異国に連れて来られ、捕らわれの身でありながら、重傷を負い、病んでいる。どんなにか、わびしく、心細い毎日であろう。マーガレットは、町の捕虜病院に飛んで来ました。そして、ソーシャルーワーカーという肩書で働き始めたのです。それからというもの、心からのサービスで、捕虜たちが日本へ送還されるその日まで、約6ヶ月間、病院での奉仕を1日も欠かしたことがなかったというのです。

 この捕虜であった人々の証言は淵田さんの心を激しく打ちました。『やっぱり憎しみには、終止符を打たねばならぬ。』と考え、淵田さんは、畳を叩いてほこりを立てるような捕虜虐待の調査を、即刻止めにしたそうです。(淵田美津雄、『真珠湾攻撃総隊長の回想・淵田美津雄自叙伝』、講談社より)

 憎しみを赦しに変え、さらに和解の業(わざ)へと進んでいった1人の女性の行動が、神様によって用いられたのです。連合国に対する憎しみで、いっぱいになっていた1人の帝国軍人の生き方を変え、救うために用いられたのです。

十字架につけられた王

 人を救うためには、救うことのできる力が必要だ。自分が滅びてしまうようでは、人を救うことなどできない。王であるというからには、人を従わせるだけの権力が必要だ。捕えられ、裁かれ、死刑に処せられてしまうようでは、王ではあり得ない。それが、強者の論理がまかり通る、この世に生きる私たちの常識だと思います。しかし、主イエス・キリストの十字架は、その常識をくつがえす出来事だと思います。捕えられ、裁かれ、死刑の判決を受け、鞭打たれ、十字架に釘づけられ、人々の侮辱、嘲り、ののしりを受けつつ死んだ、この主イエスこそが、神様の独り子、まことの神様であり、私たちのまことの救い主、私たちの罪を赦し、新しく生かして下さるまことの王であると思います。このことを知らずに、人々は主イエスを十字架につけますが、主イエスを嘲っている人々のための赦しを、十字架の上で、主イエスは父なる神様に祈って下さいました。それは、私たちのための執り成しの祈りでもあると思います。私たちは、この主イエスの十字架の上での執り成しの祈りによって、赦され、新しく歩み出すことができるのだと思うのです。『父よ、彼らをお赦しください』。この主イエスの祈りの中で、この祈りに支えられて、私たちは主イエスの十字架を背負いつつ、歩んで行きたいと思います。

それでは、お祈り致します。