■『世界がもし100人の村だったら』
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。さて、『世界がもし100人の村だったら』という絵本があります。世界70億人を100人に換算して考えてみようという本です。それによると、村に住む人々100人のうち20人は栄養が十分ではなく、1人は死にそうなほどです。でも15人は太りすぎです。75人は食べ物の蓄えがあり、雨露をしのぐ場所があります。でもあとの25人はそうではありません。17人はきれいで安全な水を飲めません。銀行に預金があり、財布にお金があり、家のどこかに小銭が転がっている人は一番豊かな8人のうちの1人です。村人のうち1人が大学の教育を受け、2人がコンピューターを持っています。けれど14人は文字が読めません。
恐らく今日の礼拝に出席している方々には銀行に口座があり、財布にはお金があり、机の引き出しのどこかに小銭が転がっているもではないでしょうか。そしてほとんどの人がパソコンか、スマートフォンを持っていることと思います。そして、多くの人々が夜露をしのげる住まいに住んでいるのではないでしょうか。日本は世界の中でも裕福な国の一つであったと思います。しかし、1990年にバブルが崩壊すると、世界2位であった1人当たりのGDPが、今では26位まで転落しています。さらに、2019年の国連の世界幸福度ランキングで、日本は58位なのです。アメリカは19位、中国は93位、ドイツが17位です。一方、幸福度ランキングのトップ3は、1位:フィンランド、2位:デンマーク、3位:ノルウェーです。ミシガン大学の2016年の調査では、日本人の平均睡眠時間は、100ヶ国中最短です。米国ギャラップ社の2017年の調査では、日本企業で熱意のある社員はたったの6%だそうです。裕福だと言われる国の中に生きているのに、幸せそうな顔をしている人より、疲れた顔をしている人の方が多いような気がするのは、私だけでしょうか。日本人の幸福度が低いのは、「なぜ生きているのか」という人生の本質的な問いに対する答えを持っていない人が多いということに起因していると思います。「なぜ生きているのか」という、自分の存在そのものに芯となるものがないと、人は楽しみながら死ぬ動物になってしまうと思います。「なぜ生きているのか」ということを自分に問う時に、私たちは聖書に帰って行くことが必要なのではないでしょうか。
■夜を明かして祈る主イエス
さて、新しい年の最初の礼拝で、私たちはルカによる福音書6章12節から16節までに記されている記事を学ぼうとしています。この記事は、主イエスが弟子たちの中から12人を選ばれた物語です。本日の聖書の箇所は、「そのころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈って夜を明かされた。」(12節)という一文から始まっています。「そのころ、」と書かれている頃というのは、いつの頃なのでしょうか。本日の聖書の箇所の直前の11節には、次のように書かれています。「ところが、彼らは怒り狂って、イエスを何とかしようと話し合った。」。「彼ら」というのは、律法学者たちやファリサイ派の人々のことです。律法学者たちやファリサイ派の人々は、「イエスを何とかしようと話し合った。」、と書いてあります。「イエスを何とかしよう」というのは、主イエスを殺してしまおう、ということです。主イエスと律法学者たちやファリサイ派の人々は、安息日をめぐって、論争を繰り返しており、その対立がもはや抜き差しならないところまで行ったということです。律法学者たちやファリサイ派の人々との対立が明らかになり、彼らの殺意がはっきりしたことを受けて、「イエスは祈るために山に行き、神に祈って夜を明かされた。」のです。主イエスはここで大きな方向転換をする必要に直面して、神様に真剣に祈っていることが分かります。
本日の聖書の箇所には、平行記事が残されています。マタイによる福音書10章1〜4節とマルコによる福音書3章13〜19節です。しかし、12使徒を選ぶに当たって、山に行って、神様に祈って夜を明かされたことを伝えているのは、ルカによる福音書だけなのです。主イエスは一人で山に登り、神様に祈ります。旧約聖書の時代から、山は神様との出会いの場所です。モーセもシナイ山で、一人神様の啓示を受けて、律法を授与されたのでした(出エジプト記19章)。アブラハムも山で神様に出会うのです(創世記22章)。そして、祈りもまた神様との出会いであるのです。
私たちは、祈る時によく、「この祈りを主イエスの御名を通して、御前に捧げます。」とか、「この祈りを主イエスによって祈ります。」と言って、祈ります。この祈りの言葉の意味は、「私は主イエスの代理人として、斯々然々(かくかくしかじか)のことを、神様に祈ります。」という意味です。私たちは、主イエスの代理人として、何とも情けない祈りしか出来ていないことかと、思わざるを得ません。でも、「こうしたい、あるいは、こうはなりたくないけれども、神様、あなたはどうお考えですか」と、率直に自分の意思を神様に伝えることは大切なことです。それは、信じていない人にとっては、祈りというのは独り言ですが、しかし、信じている人にとって、祈りは力となるからです。自分の意思を考えること、そして、言葉にすることによって、神様の意思が次第に明らかになってくるからです。
さて、主イエスは夜を明かして祈りを捧げて、12使徒を選びました。そして、ルカは度々主イエスが祈りを捧げたことを伝えていますが、ルカが主イエスの夜を徹して祈りを捧げられたことを伝えているのは、本日の聖書の箇所と、十字架前夜のゲッセマネ(オリーブ山)の祈りの2箇所だけなのです。このことから、福音記者ルカが、主イエスがご自身で、「12使徒」を選ばれるということが、いかに大切な、深い祈りによって備えられなければならない事柄であるかと受け止めていることが分かります。13節に「その中から十二人を選んで使徒と名付けられた」とあることの意味も、そこから分かって来ます。「使徒」(アポストロス)というのは、「遣わされた者」という意味の言葉です。遣わす者はイエス・キリストです。主イエスから使命をいただいて、主イエスから権威を授けられて、主イエスの代理としてお使いをする者という意味です。この名前自体が持っている意味の重さのゆえにルカは、「使徒」という言葉を重んじています。マタイとマルコ福音書では、選ばれた12人の弟子が「使徒」と呼ばれている所はほとんどありません。「十二人」とか「十二弟子」と呼ばれることが普通です。弟子というのは、「先生から学んでいる者」、ユダヤ的な文脈では「ラビから学ぶ人」となります。つまり、この「弟子」と呼ばれる場合には、権威の授与はないのです。従って、ルカだけが、この12人のことを何度も「使徒」と呼んでいることから、ルカが「使徒」と言うときに、歴史上の主イエスと出会い、主イエスの直接の証人として、主イエスに直接選ばれ、主イエスのはじめから復活までの目撃者であることを大切にしていることが分かります。それは、福音記者ルカが、主イエスにおいて起こった喜ばしい救いの事実と奇跡的出来事としてそれを直接に見、聞き、体験した人々の生き生きとした証言こそが、教会の土台であり、基礎であると考えていたということです。即ち、ルカが考える「使徒」の使命は、主イエスのはじめからの事実を証言することなのだということです。
■選ばれた12使徒たち
ではそのようにして選び出された実際の使徒たちは、いったいどんな人物だったのでしょうか。最初に出てくるのは主イエスが「ペトロと名付けられたシモン」です。彼は12人の使徒の代表者で、このリストの中でも一番初めに来ており、特別な場所を与えられています。「ペトロ」という言葉は「岩」を意味しています。けれども、実際にはこのペトロが岩のように揺らぐことのない信仰を持っていたというわけでは決してありません。むしろ彼はおっちょこちょいで、多くの失敗をした人でした。熱血漢なところがあるかと思えば、いざという時には臆病になって激しく動揺してしまうのです。栄光に包まれた主イエスを見て、ここにあなたのために小屋を建てましょう、とトンチンカンなことを言ったり、湖の上を歩く主に倣って水の上に足を降ろしますが、すぐに恐くなって溺れたところを主に助けられたりしています。そして「主よ、御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」とまで誓ったにも関わらず、最後は鶏が鳴くまでに、三度主イエスとの関係を否定してしまうのです。主は捕らえられる直前におっしゃいました、「わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」(ルカ福音書、22章32節)。主に祈り支えていただかなければ、片時も使徒として歩むことができない、それが彼の偽らざる姿だったのです。次のアンデレはその兄弟ですが、ペトロと同じく、魚を獲って生計を立てていた人です。ヤコブとヨハネも漁業を営んでいた兄弟であり、性格が激しかったのか、「雷の子たち」というあだ名をもらっていたようです。フィリポとバルトロマイも早くから主に従った弟子たちですが、主が十字架につけられた場面には姿を現していません。マタイはレビとも呼ばれており、カファルナウムの収税所で働く徴税人でした。ユダヤの人々からは自分の利益のためにローマ帝国という体制側に立って、同胞の人たちからお金を巻き上げる裏切り者と見なされ、罪人とされていました。トマスは「双子」という意味も持つ名で、その名のとおり、復活の主に出会っても、それを信じることができない、もう一人の疑い深い自分によって悩まされた人でした。次のアルファイの子ヤコブはこの後全く出てきません。その母親が、十字架にかけられて亡くなった主の墓を、香料を持って訪ねていきましたが(マルコ福音書16章1節)、そこにも彼は出てきません。熱心党に属していたシモンは国粋主義者で、熱心党というのは、神の民が住むイスラエルを支配する外国のいかなる権威も徹底的に排斥し、そのためには暴力行為に訴えることもよしとしていた党です。現代的に言えば、ローマ帝国から見ればテロリストであったと言ってよいでしょう。そのことは、徴税人であったマタイとは真逆の立場にいた人だったということです。驚くことに主イエスの使徒の中には、このように自分の主張のために力に訴えるような者もいたのです。ヤコブの子ユダは他の福音書でタダイと呼ばれている人物のことではないかと言われていますが、この人もその後出てまいりません。最後がイスカリオテのユダです。後に裏切り者になったと注釈がついています。主を裏切って、十字架につけるため、ローマの官憲に引き渡した人物です。そのために主イエスが弟子たちと共に過ごすことの多かったオリーブ山のいつもの場所を裏切りの場へと変えた人物です。こうして見てくると、いったいだれが主イエスの弟子にふさわしい、立派な人物だったと言えるでしょうか。誰一人、主のそばについて歩むにふさわしい人格や態度を持っていたわけではありません。むしろ人々に嫌われたり、乱暴者だったり、失敗や勘違いを繰り返して主に迷惑をかけたり・・・、そんなことを繰り返している人たちです。しかも挙句の果てには主イエスを裏切り、主を見捨てて逃げ出してしまった人たちなのです。
けれども私たちが忘れていけないのは、これらの12人を、主は徹夜の祈りを経て任命されたということです。そしてそれは父なる神様もよしとされたことだということです。何と驚くべきことでしょうか。普通だったら、「やれやれ、大変な人たちを選んでしまった」と大きなため息をつきたくなるでしょう。徹夜で祈って選んだ人たちがこんな人たちなのか、と私たちは驚くかもしれません。
しかし、そういうだめだめな使徒たちであったのですが、復活の主イエスと出会った後の使徒たちが、どんなに生命の危険があっても、主イエスに関する証言を翻すことがなかった、命がけで主イエスを証言し続けたのです。そのことを思う時に、主イエスが夜を徹して祈られたことによって、この12使徒は創造されたのだということを思わざるを得ません。一方で、それではイスカリオテのユダはどうなのかと、誰もが思われるかと思います。ユダは、主イエスを証言することなく、自殺をしています。イスカリオテのユダの存在は謎に満ちています。イスカリオテのユダが主イエスを引き渡すことは、予定されていたことだったのでしょうか。私はそうではないと思います。主イエスが12使徒の一人として選んだとき、主イエスはユダの上に、豊かな可能性を見ていたと思います。しかし、そうはならなかった。私たちは、本日の聖書の箇所に、「後に裏切り者となった」(16節)と書かれていることに、注目したいと思うのです。イスカリオテのユダは、最初から裏切り者であったのではない、ということは、主イエスを証言するという、使徒の使命を果たすかどうかということは、どこまでも人間の自由意志に委ねられているということです。
従って、主イエスに12使徒として一度選ばれたからといって、その一人ひとりは、裏切ることのない操り人形でも、ロボットでもないのです。人間の自由意志に委ねられているが故に、サタンに麦のようにフルイにかけられる者として、だれでもユダとなり、いつでもサタンの手の中に落ちる可能性があるということだと思います。宗教改革者であるカルヴァンは12人の中に裏切り者がいることの意味について、次のように語っています。1)教会で不正な教師や背教者に対して、私たちが過度に困惑されないよう、将来のつまづきを防止するため、2)高い地位に就く者が自己満足に陥らないよう、反抗と堕落の例を与えるため、3)教会の安定が人間によるのではないため、と言っているのです。
■12使徒の証言によって建てられた教会
本日の聖書の箇所の13節には、「朝になると弟子たちを呼び集め、その中から12人を選んで使徒と名付けられた。」と書いてあります。主イエスは呼び集めた多くの弟子たちの中から、特に12人を選んだということになります。「12」という数は、神の民イスラエルの12部族の「12」という数に由来します。つまり12人は、イスラエル12部族の指導者なのです。しかし、ここで言われていることは、12人が文字通り12部族から成るイスラエル国家を再興することではありません。そうではなく、この12人は新しい神の民を築いていくために選ばれたのです。言葉を変えるならば、キリストがお建てになった教会に仕えるために選ばれたのです。ここで、注目すべきことは、主イエスが多くの弟子たちからここに名前を挙げられている12人を選んだ理由は全く記されていないということです。彼らが選ばれるにふさわしい教育を受けていたとか、実績や能力があったとは、一切言われていないのです。この12人が選ばれたのは、主イエスが夜を徹して祈られたことにおいて示された神の御心だけによるのです。
そして、この12人の使徒たちが、使徒たり得たのはなぜかということですが、それは、先程、お話しましたように、主イエスを命がけで証言したからです。その12人の使徒たちが行った証言の中で、何が最も重要なものであったのでしょうか。そのことのヒントは、12人の使徒たちの順序にあると思います。イスカリオテのユダの名前が最後に挙げられていたということは、既にお話ししました。一方、最後に名前の挙げられているユダに対して、最初に名前が挙げられているのが、ペトロです。ペトロは弟子たちの中で、古株であることに違いはありませんが、先程、お話しましたように、ペトロは多くの失敗をした人でした。それだけではなく、「主よ、御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」とまで誓ったにも関わらず、三度主イエスとの関係を否定するという、裏切りをしてしまうのです。それでも、なお、最初に名前が挙げられているのは、彼が主イエスについて、重要な証言を行っているからです。それが何かと言いますと、ルカによる福音書9章18〜20節に、次のように書かれています。『イエスがひとりで祈っておられたとき、弟子たちは共にいた。そこでイエスは、「群衆は、わたしのことを何者だと言っているか」とお尋ねになった。弟子たちは答えた。「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『だれか昔の預言者が生き返ったのだ』と言う人もいます。」イエスが言われた。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」ペトロが答えた。「神からのメシアです。」』ここで、ペトロは「主イエスは誰か」ということを、人類で最初に証言しているのです。ここで、ペトロが答えた「神からのメシアです。」という言葉は、直訳すると、「神のキリスト」という言葉となります。ここで用いられているメシアと言う言葉は、ヘブライ語で「油注がれた者」という意味の言葉ですが、「神に任命された救助者」つまり「救い主」という意味で用いられる言葉となってゆくのです。ペトロがこの証言をもって言い表したのは、人々が昔の預言者だと噂しているのとは全く別のことです。人々は、主イエスが新しい時代の先駆者であると考えました。しかし、ペトロは、主イエスこそが、「神からのメシアです。」と証言をしたのです。それは、新しい時代の究極的な言葉であるという証言です。主イエスの後に誰かを待つ必要はありません。ペトロの証言は主イエスこそが、人間とこの世界に対する神様の約束、最終的な答えだと言っているのです。
■果たされた約束
アメリカの大統領の中で、最も人気の高い大統領は、エイブラハム・リンカーンです。2番目は、誰かと言いますと、ロナルド・レーガンです。なぜなら、ソビエト連邦を負かしたからです。しかしながら、レーガン大統領は、2期目の大統領の期間に、前立腺ガンになるのです。そして、その手術をした後で、原因不明の聴力が失われてゆくという症状が発症するのです。補聴器をつけても、明瞭に聴くことができない。それで、どうしたかと言うと、公の席でもナンシー夫人を隣に置いたのです。レーガン大統領の耳は、ナンシー夫人の声だけは、鮮明に聞き取ることができたのです。閣僚と話をするときも、外国の外交官や閣僚と話をするときも、ナンシー夫人が耳元で話しかけるのです。レーガン大統領は、ナンシー夫人の援助で、大統領職を援助することができたのです。ですから、レーガン大統領は引退する時は、ナンシー夫人に、「君のおかげだ」と言ったそうです。そして、結婚50年の金婚式のときには、すてきなお祝いをしようねと約束をしたそうです。
ところが、引退した1989年1月20日から4年後、彼はアルツハイマー病の診断を受けるのです。脳の細胞がどんどん萎縮してゆくのです。彼はそのことを全国民にオープンにして、そして、同じ病気で戦っている人たちに、少しでも励ましになったらと、研究者にこれを治す薬を早く作ってくれと、呼びかけたのです。一方、ナンシー夫人は、この認知症が進まないようにするために、何をしたかと言いますと、自宅を大改造して、ホワイトハウスそっくりに変えてしまうのです。レーガンの部屋を、ホワイトハウスの大統領執務室そのままに再現するのです。そして、朝、起きたら、「大統領、執務のお時間です」と話しかけ、新聞を読ませるのです。レーガンは一日中、新聞を読んでいたそうです。レーガンが一番しっかりしていたときというのは、大統領執務室にいるときであったのです。そうやって、何とか進行を食い止めようとやってきたのですが、金婚式の2002年3月4日、その頃、レーガン大統領は、ただひたすら眠るだけであったそうです。物言わぬ夫、眠り続ける夫、深い眠りのうちに、一日を終えてしまうのです。それで、ナンシー夫人は、一人金婚式をしていたそうです。そうしましたら、大統領時代の秘書が入ってきたそうです。そして、奥様、どうぞこれをと言って、渡されたのは、レーガン大統領の手紙で、次のように書かれていたそうです。「私の唯一の人、50年ではとても足りない。もっと、もっと、幸せな君の夫でいさせて下さい。」震える手で、こう書かれていたそうです。実は、レーガン大統領は、自分がアルツハイマー病の診断を受けたときに、この手紙を書いたそうです。金婚式を迎える頃には、自分の記憶が消え去っていて、気の利いたことは、もはや書けないだろう、言うこともできないだろう。それなら、今のうちに書いておこうと、頑張って、震える手で、その手紙を書いたそうです。つまり、ナンシー夫人との約束を果たしたのです。何で、そこまで、と思う人はいるかもしれません。しかし、ナンシー夫人の一番の思い出は、この手紙であったそうです。約束を守ってくれたときに、本当に自分はこの人に愛されているのだ、と思い、そして、この人の誠実さ、この人は自分にとって最高の伴侶だった、そう思ったそうです。
ある人を信用できるか、信用できないかは、何によって測ることができるでしょうか?それは、その人がした約束をどれだけ、守ってきたか、した約束が不利になっても、破らなかったか、で測られるのではないでしょうか。約束を守るために、犠牲を払っても、それを守ったか。旧約聖書の中には、300以上もの、主イエス・キリストに関する予言があります。それらの約束の全てを、主イエス・キリストの生涯に於いて、実現されたのです。つまり、神様は、約束を守り抜くということを示すことによって、聖書の神様は決して、信じるものを失望させることはない、信じることのできる神様がここにおられる、ということを示しているのです。
■待ち望みつつ、証言する
私たちも、この世界も、いつの時代もさまざまな問題を抱えています。人間関係の対立や社会のひずみがあります。そのような対立やひずみによって、この世で弱い立場にいる人たちは、さらに片隅へと追いやられて行くのです。私たちは、依然として、正義と平和の実現を待ち続けている者だと言うことができるのではないでしょうか。この待望は世の終わりまで続くのです。主イエス・キリストは救い主として来られ、十字架の死と復活において、旧約聖書で神様が約束されていた罪の贖いと永遠の生命への招きという御業を成し遂げられました。しかし、神様の救いの御業は、未だ途上にあるのです。新しい年を迎えた今日、私たちは今もなお、主イエス・キリストが再び来られる時を待ち望んでいるのです。仏教では、ゴータマ・ブッダ(釈迦牟尼仏)の入滅後、56億7千万年後の未来に弥勒菩薩がこの世界に現われ悟りを開き、多くの人々を救済すると言われています。しかし、聖書は、主イエスがいつ再び来られるのかを、伝えてはおりません。それで、主イエスが再び来られるのが、今年なのか、来年なのか、10年後なのか、私たちは知らないのです。それでも、私たちは、神様が約束された、主イエスが再び来られる救いの完成のときを待ち望んでいるのです。私たちは、新しい年を迎えました。この新しい年が主イエス・キリストが再び来られるのかどうかは、私たちは知りませんが、神様が確かに約束を果たされるお方であることは、主イエス・キリストがこの世に生きた事実の数々によって、私たちに明らかにされています。そして、12人の使徒たちと同じように、私たち一人ひとりにも、同じように主イエスを証言するという使命が与えられています。私たちは、この新しい年に、神様が約束された、主イエスの再臨によってもたらされる救いの完成のときを待ち望みつつ、12使徒のように、主イエスを証言する証言者として、この一年を歩んで行きたいと思います。
それでは、お祈り致します。