【奨 励】 役員 川辺 正直
■プロバスケットボール選手 オスカー・ロバートソン
おはようございます。アメリカのプロバスケットボール史上最高の選手として、伝説的な名選手がいます。オスカー・ロバートソンという選手です。身長196センチ、体重100キロ、ニックネームはザ・ビッグオーです。彼の背番号は永久欠番となっています。ロバートソンはルーキーイヤーから平均30.5得点、10.1リバウンド、9.7アシストと、驚くべきオールラウンドな能力を発揮し、1961年の新人王を受賞して以降、1974年に現役から引退する14年間の現役時代に、アシスト王6回、オールスターゲーム出場12回、オールスターゲームMVP受賞3回、オールNBAチーム選出が11回、シーズンMVP受賞1回、ミルウォーキー・バックス時代に優勝を果たすなど、数々の栄誉に手にした60年代から70年代にかけて、最も輝いた選手の一人なのです。特にアシストがすごかったのです。
アシストというのは、ゴールにつながるパスを出すことをアシストというのです。シュートするのは他の選手なのですが、その時々において、一番シュートしやすい選手に芸術的なパスを繰り出す名人でした。現役時代、なんと9887回ものアシストに成功しているのです。後年、あるスポーツ記者が彼に訊いたのです。自分として一番のアシストは、どのチームとの試合のどんな場面でしたか?すると彼はこう言ったのです。『娘の腎臓移植のために、私の腎臓一つを送ったことだ。あれこそ人生最高のアシストだった』。
なぜこれが最高のアシストなのでしょうか。オスカー・ロバートソンの次女のティア・ロバートソンさんはループスと呼ばれる免疫系が自分自身の細胞を攻撃してしまう自己免疫疾患の一種である全身性エリテマトーデスを抱えていたのです。全身性エリテマトーデスは、英語の病名は『Systemic Lupus Erythematosus』で、その頭文字をとってSLEと呼ばれます。免疫システムが、誤って自分自身の細胞を攻撃してしまう病気です。免疫システムの攻撃により、全身の様々な臓器に炎症が生じ、関節痛、発熱、疲労感、皮膚の発疹、腎臓の炎症、神経系の障害などの様々な症状を引き起こすのです。間もなく、ティアは透析に縛られた生活を送るか、新しい腎臓を手に入れるかのどちらかしかないことが明らかになったのです。移植の可能性が持ち上がった時、オスカー・ロバートソンは安堵したそうです。『やっと、何かできることがある』と彼は語っています。
腎臓移植のほとんどは死体から行われますが、移植までには何年もかかることがあり、成功率は生体から臓器を採取する場合に比べて大幅に低いのです。ロバートソン一家は迷わず、オスカーが志願しました。ティアのお姉さんのシャナと妹のマリも志願したのです。徹底的な検査の結果、オスカーとお姉さんのシャナがティアの理想的なドナー候補であることが判明しました。しかし、お姉さんのシャナは妹に腎臓を提供することはできませんでした。父親のオスカーが許可しなかったからです。
『ティアは私の娘です』とオスカーは言いました。『それは私の義務でした。妻と私は彼女をこの世に生み出したのですから、彼女を大切に育てるのは私たちの責任です。』こうして、オスカーは腎臓をプレゼントすることで愛する娘を死から取り戻すことができたのです。オスカー・ロバートソンは娘さんに腎臓を贈ることができた、この腎臓移植手術こそが、生涯で最高のアシストだと語っているのです。
主イエス・キリストは一つしかない命を、私たちのために捧げて下さいました。それは私たちに罪の赦しを得させるためです。そして、私たちのために死んで下さっただけではなく、3日目に復活されたのです。本日は、主イエスがユダヤ総督のピラトとガリラヤの領主であるヘロデによる政治裁判を受けている記事を通して、主イエスは最高法院の議員たちによる告発による裁判を経て、十字架という苦難を受けてまで、私たちに何を与えようとされたのかということを考えながら、今日の聖書の箇所を読んで行きたいと思います。
■総督ピラトのもとで
次に、本日の聖書の箇所の1〜2節を見ますと、『そこで、全会衆が立ち上がり、イエスをピラトのもとに連れて行った。そして、イエスをこう訴え始めた。「この男はわが民族を惑わし、皇帝に税を納めるのを禁じ、また、自分が王たるメシアだと言っていることが分かりました。」』とあります。23章は『そこで』と始まります。前回お話しましたように、最高法院における宗教裁判で主イエスの有罪の判決が下ったのです。そこで、それを受けて次の行動が起されたのです。それが『全会衆が立ち上がり、イエスをピラトのもとに連れて行った』ということです。これは、かなり朝の早い時間で、早朝にこのようなことが行われているということを私たちは覚えておきたいと思います。そして、『全会衆が』とあります。最高法院に集まっていた人々全員、議員たち全員がということなのです。最高法院が主導して、主イエスをローマの法廷に訴えるというわけなのです。前回、お話しました箇所では、宗教裁判で無理やり主イエスを神様に対する冒涜罪で有罪にしたのですが、それだけでは、主イエスを死刑にすることができないのです。それで、今度はローマの法廷に訴えて、主イエスを政治犯として死刑にしてもらおうとしているのです。これが、政治裁判と呼ばれるものなのです。従って、ローマの法廷に裁判の場を移した場合には、訴えるための訴因、訴訟の原因となる犯罪の具体的事実は、宗教裁判とは変える必要があります。具体的な犯罪事実がなければ、犯罪事実をでっち上げる必要があるのです。この1〜2節の言葉の中に、最高法院の議員たちなりの工夫を見ることができます。彼らは、3つの訴因を主張しているのです。
1つ目は、主イエスは偽預言者であり、ユダヤの民を惑わしているというものです。これが、なぜ問題なのかと言いますと、民衆を煽動して、ローマに反抗させるような動きがあるよという主張をしているのです。しかし、実際は、主イエスは民衆を惑わしているのではないのです。民衆を惑わしているのは、ユダヤの指導者たちの方であったのです。従って、主イエスが民衆を惑わしているというのは、単なる言いがかりであったのです。
2つ目の訴えは皇帝に税金を納めることを禁じているということです。これは嘘の告発です。皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているか、適っていないかという質問があったときに、主イエスは『皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい』と答えているのです(ルカによる福音書20章20〜26節)。つまり、ローマの行政上のサービスを受けているのだから、ローマに税金を払うべきであると答えているのです。ですから、皇帝に税金を納めるのを禁じているというのは、偽りの訴えであるということなのです。主イエスは、この訴えとは逆のことを教えていたのです。
3つ目の訴えは、自分が王たるメシアだと言っているというものです。これは、事実です。ピラトがローマ法を適用して関心を払ったのは、この3つの訴えの中で、3番目のこの点だけであったのです。『また、自分が王たるメシアだと言っている』、つまり王だと言えば、皇帝に叛旗を翻す者だというように解釈することも可能なのです。ですから、ユダヤ総督であるピラトはこの点にだけ関心を示したのです。そのため、この後ピラトによる尋問が始まるのですが、1つ目と2つ目の訴えについては、質問していないのです。3つ目の訴えについてだけ質問しているのです。
■ピラトの尋問
本日の聖書の箇所の3〜4節を見ると、『そこで、ピラトがイエスに、「お前がユダヤ人の王なのか」と尋問すると、イエスは、「それは、あなたが言っていることです」とお答えになった。ピラトは祭司長たちと群衆に、「わたしはこの男に何の罪も見いだせない」と言った。』とあります。ピラトは主イエスに尋問して、主イエスの証言を引き出しているのです。『お前がユダヤ人の王なのか』とピラトは尋問しています。ピラトは『お前がメシアなのか』、あるいは、『お前が救い主なのか』と尋問したのではありません。『お前がユダヤ人の王なのか』と尋問したのです。主イエスがメシア、救い主であるかということに、ピラトは関心を持っていませんでした。それはユダヤ人の信仰の問題であったからです。ピラトの最大の関心事は、主イエスがユダヤ人の王と自称しているかどうかであったのです。すると、主イエスは、『それは、あなたが言っていることです』とお答えになったとあります。答えになっていないような答えをされたのです。前回の箇所で最高法院において、『お前は神の子か』と問われたとき、主イエスは『わたしがそうだとは、あなたたちが言っている』とお答えになりました。しかし、ピラトのこの尋問に対しては、『わたしがそうだとは』という言葉はありません。『それは、あなたが言っていることです』とお答えになったに過ぎないのです。主イエスはピラト自身の責任ある判断を求められたのかもしれません。何よりも主イエスは、自分が政治的な王であるのかどうか、ローマ帝国の支配を脅かす王であるのかどうか、という問いには答えようとされなかったのです。ピラトは主イエスが自分の統治に対する脅威となるかどうかを見極めたかっただけでした。そのような問いに主イエスは答えようとはされません。ピラトの最大の関心事は、主イエスにとって答えるべきことではなかったのです。
■ピラトの判断
4節でピラトは祭司長たちと群衆に、『わたしはこの男に何の罪も見いだせない』と言っています。ピラトは主イエスが無罪であると認めたのです。その根拠がはっきり語られているわけではありません。ピラトは、最高法院の議員たちが主イエスを訴えようとする動機に気づいていたのだと思います。彼らが総督の統治に対する脅威をでっち上げてまで、主イエスを訴えたのは、自分たちの権威や利権に対する脅威となる主イエスを死刑にしようとしているのだ、と気づいていたと思うのです。ピラトにとって、最高法院の議員たちが持ち込んできた宗教的トラブルに巻き込まれることは控えるべきであったし、彼らの訴えはどれも根拠に乏しいものばかりであったのです。『皇帝に税を納めるのを禁じ』た、という訴えについては完全な偽証でした。そのようないい加減な訴えを無批判に受け入れて、宗教的トラブルに下手に首を突っ込んで、主イエスを有罪にして、ローマとの間で難しい立場に身を置くわけにはいかなかったのです。ピラトにとって、ローマの法に照らして、主イエスを有罪と認めるに足る証拠はなかったのです。
この箇所で、福音記者ルカはとても急いでこの箇所を書いています。この3節の尋問と4節の無罪の宣言の間には、ピラトと主イエスとの間でもう少しやり取りがあって然るべきなのです。しかし、ルカはそれを省いているのです。ヨハネによる福音書の18章35〜38節を見ますと、『ピラトは言い返した。「わたしはユダヤ人なのか。お前の同胞や祭司長たちが、お前をわたしに引き渡したのだ。いったい何をしたのか。」イエスはお答えになった。「わたしの国は、この世には属していない。もし、わたしの国がこの世に属していれば、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、部下が戦ったことだろう。しかし、実際、わたしの国はこの世には属していない。」そこでピラトが、「それでは、やはり王なのか」と言うと、イエスはお答えになった。「わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」ピラトは言った。「真理とは何か。」ピラトは、こう言ってからもう一度、ユダヤ人たちの前に出て来て言った。「わたしはあの男に何の罪も見いだせない。」』とあります。このやり取りの後に、ピラトが主イエスの無罪を宣言するのです。つまり、主イエスは政治的な脅威ではないとピラトは判断したということなのです。
4節の『わたしはこの男に何の罪も見いだせない』というこの無罪宣言の言葉は、ルカだけが書いているのです。なぜかと言いますと、使徒言行録を見ましてもそうなのですが、ルカは主イエスに関しても、初期のキリスト教に関しても、パウロに関しても、違法なことは何もないということをアピールするために書いているという側面もあったと思います。ですから、ここでピラト自身がローマ法に基づいて、主イエスには訴える理由が何も見つからないと宣言したというのは、非常に重みのある言葉であると考えられます。キリスト教は脅威ではないのだということをルカは強調しているのです。ところが、このピラトの無罪宣言で、政治裁判は終わらないのです。主イエスを訴えている最高法院の議員たちは納得せず、しつこく迫ってくるのです。
■ヘロデ・アンティパス
本日の聖書の箇所の5〜7節を見ますと、『しかし彼らは、「この男は、ガリラヤから始めてこの都に至るまで、ユダヤ全土で教えながら、民衆を扇動しているのです」と言い張った。これを聞いたピラトは、この人はガリラヤ人かと尋ね、ヘロデの支配下にあることを知ると、イエスをヘロデのもとに送った。ヘロデも当時、エルサレムに滞在していたのである。』とあります。ここで、彼らは『この男は、ガリラヤから始めてこの都に至るまで、ユダヤ全土で教えながら、民衆を扇動しているのです』と、主イエスの罪の大きさを地理的な大きさで、ガリラヤからこの都エルサレムまでとその広がりを強調したのです。このことは、ピラトにとっては新しい情報です。もし、主イエスが犯罪者であるとして、その犯罪はガリラヤから始まったのだという新しい情報が出てきたのです。これは、ピラトにとっては、渡りに船とも言うべき、良い情報であったのです。この言葉が、今行われている政治裁判が第1段階から第2段階へと移行してゆくきっかけとなるのです。なぜかと言いますと、ローマ法ではガリラヤを支配している支配者がガリラヤ人を裁くことは許されているからです。つまり、法を犯した場所で裁くこともできるし、その犯罪者の出身地の支配者が裁くことも許されていたということなのです。ですから、ピラトが主イエスはガリラヤ人なのかと尋ねているのは、そのような理由からなのです。つまり、主イエスがガリラヤ人であったら、ガリラヤの領主ヘロデの支配下にあるのだから、ユダヤ総督であるピラトが裁かなくても、ガリラヤの領主ヘロデにも裁く権利があることが分かったのです。そこで、ピラトは主イエスを裁く権利をヘロデに譲ることにしたのです。ピラトはこの主イエスの裁判から手を引きたかったのです。ですから、ちょうどガリラヤの領主であるヘロデがエルサレムに来ているので、都合よく主イエスをたらい回しにしたということなのです。
『ヘロデも当時、エルサレムに滞在していたのである。』とありますように、ガリラヤの領主であるヘロデもエルサレムにいたのです。ヘロデも祭りのときには、エルサレムに上って、そこで暴動が起こらないか、あるいは、ユダヤ人たちが騒ぎを起こさないか、そういうこともウォッチしていたのです。ここに登場するヘロデは、マタイによる福音書のクリスマス物語に登場し、幼子主イエスを殺害しようとしたヘロデ大王とは違います。ヘロデ大王の息子で、ヘロデ・アンティパスと言うのです。このヘロデ・アンティパスは当時、ガリラヤの領主となっていました。ヘロデ大王はユダヤの王です。ところが、ヘロデ大王の息子の代になると、王の称号が剥奪されて、ユダヤの領土も分割されて、ヘロデ大王の息子たちはその分割されたところを支配したのです。このヘロデも王よりも低い称号のガリラヤの領主という称号をローマから与えられていたのです。このヘロデ・アンティパスがどういう人物であるかということを振り返ってみますと、彼は兄弟の妻へロディアを奪って結婚したのですが、その結婚は律法違反であると批判したバプテスマのヨハネをヘロデは逮捕して、牢に幽閉したのです。ヘロデにバプテスマのユハネを殺すほどの勇気はなかったのですが、結婚した妻へロディアの連れ子の娘サロメが踊った時に、ご褒美を約束していたのです。サロメとの約束を守るために何が欲しいかと尋ねたら、母の入れ知恵でサロメはヨハネの首が欲しいと答えたのです。それで、断れずにヘロデはヨハネの首を刎ねたのです。ヘロデは洗礼者ヨハネの首を刎ねましたが、そのことを非常に恐れていました。ですから、主イエスが数々の奇跡を行っているという噂を聞いた時に、主イエスは復活した洗礼者ヨハネかもしれないと、一時思っていたことがあります。そういう人物なのです。そのような人物であるヘロデ・アンティパスがエルサレムに来ていたのです。ピラトは好都合とばかりに、このヘロデのところに主イエスをこのヘロデのところに送ったのです。場所は、宮廷です。ちょうどエルサレムの神殿の西側の高い位置にある王宮なのです。この王宮は、ハスモン王朝時代に建てられた豪華な王宮で、そこにヘロデが滞在していたのです。ピラトとヘロデとは、それまでは反目し合う仲であったのです。それはなぜかと言いますと、ピラトはローマから派遣されたユダヤ地方を管理している総督なのです。それに対して、ヘロデ・アンティパスはガリラヤとペレア地方を支配している領主であったのです。それぞれ、管理している地域が異なっているので、反目し合っているのです。ところが、後で出てきますが、その日仲良くなってしまうのです。ピラトは、反目していたヘロデのところに主イエスを送ったのです。すなわち、主イエスの裁判の法廷が変更されたということなのです。主イエスを訴えていた指導者たちもぞろぞろと主イエスについて、ヘロデの法廷に向かったのです。これで、政治裁判の第1段階が終わりました。責任回避のために、政治裁判は全てのことが騒然と、朝早くからバタバタとことが進んでいるということが分かります。主イエスが、十字架に架けられるのは、午前9時ですから、午前9時までの時間に、裁判の場所を変えて、審理を行うというドタバタ劇が進行しているのです。
■ヘロデの態度
ヘロデ・アンティパスは主イエスに会うと非常に喜びました。8節を見ますと、『彼はイエスを見ると、非常に喜んだ。というのは、イエスのうわさを聞いて、ずっと以前から会いたいと思っていたし、イエスが何かしるしを行うのを見たいと望んでいたからである。』とあります。主イエスのことについて、洗礼者ヨハネが復活した人物ではないかと恐れていた段階が終わって、今度は主イエスに会ってみたいと思っていた段階にあったということが分かります。ヘロデは、主イエスについての噂をずっと前から聞いていて、主イエスに会いたいと思っていたのです。理由は何かと言いますと、主イエスが行う何か奇跡を見たいということを思ったからであったのです。そのような動機があったので、ヘロデは主イエスを見ると非常に喜んだのです。だから、ピラトとヘロデがこの日、仲良くなったという話になるのです。それでは、主イエスの対応はどのようなものであったのでしょうか。本日の聖書の箇所の9〜10節を見ますと、『それで、いろいろと尋問したが、イエスは何もお答えにならなかった。祭司長たちと律法学者たちはそこにいて、イエスを激しく訴えた。』とあります。ヘロデ・アンティパスが主イエスをいろいろと尋問します。自分が興味のある質問を主イエスに矢継ぎ早に投げかけたのです。しかし、主イエスは何もお答えにならなかったとあります。ヘロデは質問をし続けたのですが、主イエスの応答は沈黙であったのです。主イエスはピラトの前で証言していましたので、これ以上証言する必要はなかったということであったとも考えられますが、新約聖書を読む限り、主イエスに何かを尋ねて、主イエスがそれを完全に無視して、応答しなかったというのは、このヘロデ・アンティパスだけなのです。それは、このヘロデ・アンティパスがそれほどまでに邪悪な人物であるということを示しているのだと思います。ですから、主イエスはここではヘロデ・アンティパスを救うことにつながる可能性を含んだ問いかけをしていないのです。かつて主イエスは、このヘロデ・アンティパスのことを『あの狐』と呼んでいました(ルカによる福音書13章32節)。この狐と呼ばれるヘロデ・アンティパスという人物は狡猾な老狐(ろうこ)のような人物で、悪名高いヘロデ一家の一員なのです。そもそもこのヘロデが主イエスに質問している動機が間違っているのです。彼は何か奇跡を見せてみろと、主イエスを見世物小屋の出し物のように扱っているのです。そのような間違った動機で、主イエスに近づこうとしても、何も答えは得られないのです。注目すべき点は、真実に主イエスに問いかけた者には、主イエスは真実に答えを下さるのです。そのことは、今を生きる私たちに対しても同じなのです。真実に聖書の言葉に向き合い、その意味を教えて下さいと願った時に、聖霊というお方が働いて、私たちに聖書の言葉を理解する力を下さるのだと思います。しかし、批判的な思いで、主イエスと神様の言葉を裁くような思いで聖書の言葉を見つめたとしても、何の答えも返って来ないのは、今も同じだと思います。
ヘロデは尋問し続けます。主イエスは沈黙しています。そして、ユダヤの指導者たちは激しく訴え続けたのです。彼らは、暴言を吐き、大騒ぎをしていたのです。その様子を見て、ヘロデはこのままでは、何も起こらないと判断したのです。それで、ヘロデは主イエスをピラトの許に返すのですが、その前に余計なとんでもないことをするのです。本日の聖書の箇所の11〜12節を見ますと、『ヘロデも自分の兵士たちと一緒にイエスをあざけり、侮辱したあげく、派手な衣を着せてピラトに送り返した。この日、ヘロデとピラトは仲がよくなった。それまでは互いに敵対していたのである。』とあります。ヘロデは主イエスを文字通り見世物扱いしたのです。兵士たちだけではないのです。ヘロデ自身も主イエスをあざけり、侮辱した挙げ句、派手な衣を着せたのです。この派手な衣というのは、ユダヤ人の王が着る白い王服というのがあるのですが、そのことを指し示しているのかもしれません。主イエスは、自分は王だと言っていると訴えられている、その訴えの主張をあざけって、主イエスに白い王服を着せて、そして、ピラトに送り返したのです。このような辱めを、主イエスはなぜ通過しなければならないのでしょうか。それは、私たちのためなのです。神様に背を向けて、好き勝手に生きてきた私たちのために、主イエスはこのような苦しみに遭って下さるのです。現在も、主イエスを信じる信仰の故に、侮辱されたり、からかわれたり、理不尽な扱いを受けるということが、私たちの生活の中で、起きてくるかも知れませんが、それは驚くべきことではないのです。私たちの主であるお方が、そのような苦難の中を通過して下さったならば、私たち自身もそのような苦難を通過することになるのです。主イエスの十字架が、苦難の究極的な姿ですが、その苦難の先に復活の希望があるのです。そして、復活の後に天に挙げられ、栄光の姿に変えられるという希望があるのです。
私たちも、主イエスが歩まれたように、苦難の道を歩むかもしれません。しかし、苦難の先に私たちを待っているのは、復活の希望であり、栄光の希望なのです。私たちは、十字架に架かってまで、私たちに苦難の先にある希望を示して下さった主イエスに感謝しながら、この主イエスの愛に応えて、歩んで行きたいと思います。
それでは、お祈り致します。