【奨 励】 役員 川辺 正直
■童話作家 宮沢賢治
おはようございます。宮沢賢治は1896年8月27日、現在の花巻市で、質屋・古着商を営む宮沢政次郎とイチの長男として生まれました。高等農林学校(現・岩手大学農学部)を卒業後、しばらくして25歳のときに、花巻農学校の先生になるのです。宮沢賢治は、37年という短い生涯の中で、詩人、童話作家、教師、科学者など多彩な活動を行った人です。宮沢賢治の作品で私たちもよく知っている作品が数々あります。『注文の多い料理店』、小学校6年生の教科書に広く掲載されている、『クラムボンはかぷかぷわらったよ』とカニの兄弟が話す意味がよく分からない『やまなし』という作品、不思議な転校生・三郎と彼を風の精だと疑う子どもたちの物語『風の又三郎』、男が動物相手に演奏を披露して腕前をあげていく『セロ弾きのゴーシュ』、醜いよだかを主人公とした『よだかの星』など、私たちにもなじみの深い作品がたくさんあります。
宮沢賢治は、童話作家ですから子どもの気持ちがよく分かるのです。すぐに学校のある村の子どもたちとも仲良しになるのです。だけど彼は子どもの気持ちが良くわかるということで、村の中の子どもたちがいつでも『けんじせんせい』と言って、もういつも、キンギョのうんこみたいについて行くのです。で、もう『けんじさん、けんじさん』言って、もう大人気だったのです。宮沢賢治のことを慕っている子どもの中に一人ね、盗み癖が直らない子いたのです。万引きです。人が見てないと、つい、泥棒をしてしまうのです。何か物がなくなると、まず彼が取ったに違いないと疑われるのです。調べると、やっぱり彼の仕業なのです。貧しい家の少年で、隙があると、人の物をくすねてしまうということです。それで、学校の先生は彼を諭したり、叱ったり、懲らしめたりして、なんとかこの子の万引きの癖を直そうということで指導するのですが、どうやっても、直らないのです。賢治は彼のことを憂いました。このままいったら、この子は不幸になる。
ある時、宮沢賢治が学校から家に帰る最中に、例の少年が、他人の畑の中に勝手に入り込んで、大根を引き抜こうとしているところにばったりと出くわすのです。その瞬間、少年は宮沢賢治に見つかったということが分かるのです。そして、二人は目と目がバチッと合って、置物のように固まってしまったそうです。お互い目をそらさずに、じっと互いに互いのことを見ているのです。一言もしゃべらないで、沈黙の時間が1分経ち、2分経ち、3分経ち。やがて少年は引き抜くのをやめて、大根をそのままにして、まっすぐ賢治の方を向き直ると、深々と礼をして、いい顔になって帰って行ったというのです。
宮沢賢治はそれを生涯の思い出として記録しています。一番見られたくないところを、一番見られたくない人に見られたら、私たちであったらどうするでしょうか。隠れてしまうのでしょうか。あるいは、逃げ出してしまうのでしょうか。あるいは、言い訳するのではないでしょうか。『これには事情があってね』とか何とか言って、何や彼やと言い訳をして、取り繕うとするのではないでしょうか。
ところが、この少年は深々と礼をしたのです。なぜでしょうか。おそらくこの少年は、自分の生涯の中で、罪の現場を見ながら自分を決して見捨てない人を初めて見たのです。どんなにがっかりさせても自分を見捨てない、諦めない人を見たのです。どんなに残念な自分を見せても、それでも自分が良くなってくれることを願ってくれる人、どんなにひどい自分を見せてもその人との関係が切れないということを確信できると、そういう人に対しては、言い訳したり、取り繕ったりする必要がなくなるのです。
私たちにとりまして、私たちがどんなにやらかしたとしても、私たちを見捨てることのない存在とは、主イエス・キリストだと思います。本日の聖書の箇所で、受難週の中というただならぬ状況の中を歩まれている主イエスが、主イエスを裏切るユダのことをどのように見ておられたということを考えながら、本日の聖書の箇所を、読んで行きたいと思います。
■民衆は皆、話を聞こうとして、
前回はルカによる福音書の21章の終わりのまとめの箇所である、37〜38節についてお話ができませんでした。それはなぜかと言いますと、前回は終末論についての情報が多かったために、エルサレムでの主イエスの奉仕についての最後の部分についてお話ができなかったのです。それでは、21章37〜38節を見ますと、『それからイエスは、日中は神殿の境内で教え、夜は出て行って『オリーブ畑』と呼ばれる山で過ごされた。民衆は皆、話を聞こうとして、神殿の境内にいるイエスのもとに朝早くから集まって来た』とあります。共観福音書であるマタイによる福音書、マルコによる福音書、そして、ルカによる福音書を読み比べますときに、この37〜38節の記述が出てくるのは、ルカによる福音書だけなのです。主イエスの公生涯の最後の週、これを私たちは受難週と呼んでいるわけですが、主イエスはその最後の週に、神殿域で人々に教えられていたのです。そして、人々に教えられていた場所は、異邦人の庭と呼ばれた場所でした。そこで、主イエスは人々に教えておられたのです。教えの内容は、自分はメシアである。メシアである自分を信じて救われなさいというメッセージであったと思います。そのことを主イエスは日々教えられたのです。そして、夜は出て行って『オリーブ畑』と呼ばれる山で過ごされた、とあります。夜、これは日没後ですが、この季節ですと午後6時頃になります。午後6時頃になると、主イエスは12弟子と共に、神殿域を出られて、オリーブ山に行かれて、そこで夜を過ごされたのです。主イエスというお方は、天地の創造主です。天も、地も、ご自分の所有物だと主張できる唯一のお方です。そのお方が、家なき者のような生活を送られたのです。
この時は、過越祭の期間になっていますが、過越祭の期間、エルサレムという町がどのような状態になっていたかということについて見てみたいと思います。当時、普段のエルサレムの人口は20〜25万人であったと推定されています。それが、祭りの期間になりますと、世界中から巡礼者たちがやって来まして、そして、その祭りの期間だけ人口が約200万人〜300万人にもなったのです。つまり、普段の約10倍にもなったのです。このことは、ユダヤ人の歴史家であるヨセフスが記録している内容なのです。200万人〜300万人もの人々で、人口が膨れ上がる訳ですから、当然、全員が城壁の中で、寝床を見つけられる訳ではないのです。ほとんどの巡礼者たちは、城壁の外に出て、テントを張ったのです。そのテントは安息日の距離内、つまり安息日に移動できる範囲の中にテントを張ったのです。その距離というのは、約800mです。ですから、エルサレムの城壁の外、約800mの範囲には、無数のテントが張られていたのです。主イエスは、時々、ベタニアに行って、マルタとマリアの家に泊まり、そこで交わりをすることもありましたが、厳密に言うと、ベタニアというのは、エルサレムの外にあるのです。ベタニアはエルサレムの域外だと考えられていた村なのです。ということは、過越祭の期間、過ぎ越しの食事をするのですが、律法の命令によれば、それはエルサレム市内で過ぎ越しの食事をしなくてはいけないのです。ということは、ベタニアでは律法の要求が満たされないのです。ですから、この頃になると、ベタニアには行かないで、オリーブ山に行って、安息日の距離内の場所で夜を過ごしていたと考えられます。
『オリーブ畑』と呼ばれる山と書いてありますけれども、おそらくオリーブ山の麓にあるゲッセマネの園で、主イエスと弟子たちは、祈り、黙想し、そこで睡眠を取っていた可能性が大きいと思います。これが、この時期の主イエスの夜の過ごし方であったと思います。そして、夜が明けますと、民衆は積極的に動きます。『民衆は皆、話を聞こうとして、神殿の境内にいるイエスのもとに朝早くから集まって来た』とあります。朝早くとあるのは、日の出と共に、ということです。ですから、この季節ですと、午前6時頃から、人々は動き始めたということです。このように熱心に、主イエスの元にやって来る人々が起されていたのです。この人々は主イエスが語るメッセージを理解し始めていたのです。以前は、主イエスに魚やパンをもらうためであったり、病を治してもらうためであったりといった、何かをしてもらうために押しかけていた群衆がおりましたが、その群衆とは根本的に異なっている人々なのです。あるいは、主イエスを訴える口実を見つけるために、主イエスの教えに耳を傾けていたたくさんの指導者たちとも異なっている人々であったのです。この人々は、真剣に主イエスの教えを理解しようとして集まって来ている人々なのです。ということは、この短い文章から、いかなる場合でも、神様の言葉に心を開く人たちはいるということが分かります。つまり、混沌とした時代になり、人々がこの世の価値観に踊らされている時代にあっても、神様の言葉に心を開く人はいるということです。このことは、私たちに対する大きな励ましのメッセージだと思います。従って、大切なことは、主イエスがされたように神様のみ心を語り続けるということだと思います。神様の言葉を語らなければ、神様の言葉を見分ける人が起されて来ないのです。神様の言葉を語るからこそ、神様の言葉を聞き分ける人が起されてきて、その人たちが救いに至る信仰を持つようになるのです。いかなる場合でも、このことは真実なのだと思います。ですから、教会はいかなる場合でも、神様の言葉を正確にお伝えすることが大切なのだと思います。
■主イエスを殺そうとする者たち
そして、いよいよ22章に入ります。22章、23章が主イエスの受難の物語で、ルカによる福音書の物語の次のブロックに入るのです。本日の聖書の箇所の22章1節を見ますと、『さて、過越祭と言われている除酵祭が近づいていた。』とあります。『さて、』とありますことから、ここから話題が変わったことが分かります。ここで、ルカは2つの祭りの名前を挙げています。一つが、過越祭であり、もう一つが除酵祭です。私たち、教会に通う日本人にとって、どちらの名前の方が、親しみがあるかと言いますと、過越祭という名前の方が、親しみがあると思います。ルカはここで2つの祭りの名前を挙げているのですが、ルカの視点から言うと、むしろ除酵祭の方が主体となっていると言うことができます。この箇所は、『除酵祭が近づいていた、この祭りは時には、過越祭とも言われていた』という書き方になっていると、読むこともできるのです。このことは、どういうことかと言いますと、本来は過越祭というのは、1日で終わる祭りなのです。除酵祭というのは、過越祭の翌日から7日間続く、パン種を取り除いたパンしか食べてはいけない7日間の祭りなのです。もちろん過越祭でもパン種は取り除いていますから、パン種の入っていないパンを食べるのは、8日間続くのです。
申命記の16章1〜3節に、『アビブの月を守り、あなたの神、主の過越祭を祝いなさい。アビブの月のある夜、あなたの神、主があなたをエジプトから導き出されたからである。あなたは、主がその名を置くために選ばれる場所で、羊あるいは牛を過越のいけにえとしてあなたの神、主に屠りなさい。その際、酵母入りのパンを食べてはならない。七日間、酵母を入れない苦しみのパンを食べなさい。あなたはエジプトの国から急いで出たからである。こうして、あなたはエジプトの国から出た日を生涯思い起こさねばならない。』とありますように、過越祭が1日、それに続いて7日間の除酵祭、合計すると8日間続くのです。この申命記の記述にありますように、出エジプトの際の緊急事態における食事としてのパン種の入っていないパンは『苦しみのパン』とも名づけられています。それ故、除酵祭というのはイスラエルにとって解放の出来事の記念であったのですが、しかし、それは決して一義的に喜びの祭りではなく、子羊の血の犠牲と『苦しみ』を経ての喜びであり、神様の救いとはイスラエルにとっていかなるものであるかを記憶するためのものであることから、除酵祭とは常にそのような性格を失ってはならなかったのです。そして、この事が主イエス・キリストにおける神様の救いのみ業が、過越祭と除酵祭に結びつけられる理由となっているのです。
さて、巡礼者たちは、遠くから巡礼にやって来ますので、過越祭を祝うと、それで帰るわけではないのです。そのまま留まって、合計8日間の祭りを祝って、帰って行くのです。ということは、主イエスの時代となると、過越祭と除酵祭が合わさって、8日間の祭りと理解されるようになっているのです。これは、当時の人たちの実感としては、当然のことだと思います。今も、ユダヤ人たちはこの時期、8日間の祭りを祝っているのです。そして、それを除酵祭と言っているのです。そして、実際は、過越祭とも呼ばれたという書き方を、福音記者ルカはしているのです。
次に、本日の聖書の箇所の2節を見ると、『祭司長たちや律法学者たちは、イエスを殺すにはどうしたらよいかと考えていた。彼らは民衆を恐れていたのである。』とあります。祭司長たちや律法学者たちといった宗教的指導者たちは、主イエスを殺すことを決めていたことが分かります。過越祭の時期というのは、主イエスを逮捕し、裁判にかけるのに好都合だったのです。なぜかと言いますと、ローマから派遣されているユダヤ総督のポンティオ・ピラトが治安維持のために、カイザリアからエルサレムに来て、滞在していたのです。治安維持のために、と言いましたが、祭りの時期というのは、ユダヤ人の民族意識が高揚して、暴動が起きやすかったから、見張る必要があったということなのです。また、ガリラヤの領主であるヘロデ・アンティパスもエルサレムに来ていたのです。ですから、政治的な裁判にかけて、死刑の判決を獲得するのに好都合な時期であったのです。これらのことが、宗教的指導者たちが主イエスを逮捕して、裁判にかけようと決めていた背景にあるのです。
その宗教的指導者たちというのは、誰のことかと言いますと、祭司長たちや律法学者たちであったと書かれています。祭司長たちというのは、サドカイ派の人たちです。律法学者たちというのは、ファリサイ派の人たちのことです。そして、マタイによる福音書26章3節を見ますと、そこに『民の長老たち』という言葉が加わっています。つまり、祭司長たち、律法学者たち、そして、民の長老たちが集まって、主イエスを殺す相談をしたのです。どこに集まったのかと言うと、大祭司カイアファの屋敷に集まったのです(マタイによる福音書26章3節)。大祭司カイアファの屋敷に集まった彼らは、主イエスを捕らえて、殺すということで意見の一致を見ていたのです。ところが、この意見の一致というのは、律法の観点からは、とてもおかしなことであったのです。どういうことかと言いますと、まだ罪状が確定していないのに、殺すことを決めるというのは律法違反なのです。つまり、この指導者たちは、律法の守護者たちとして立てられているのにもかかわらず、この指導者たちは率先して律法に違反し、主イエスを殺すことを事前に決めていたのです。そのようなおかしなことが、ここで起きているのです。
この2節を見ると、宗教的指導者たちには、2つのゴールがあることが分かります。それが何かと言いますと、ここで『彼らは民衆を恐れていたのである。』とあることから、1つは、彼らは民衆が見ていないところで、密かに主イエスを逮捕しようとしたということが分かります。ここに記されている『民衆』はこの世的には何の力も持たない人々です。しかし、この世的には無力であるけれども、主イエスの話に耳を傾ける『民衆』を支配者は恐れる、という逆説がここでは起きているということが分かります。
それから、彼らの2つ目のゴールというのは、過越祭が終わって、巡礼者たちがいなくなって、ポンティオ・ピラトやヘロデ・アンティパスがまだ帰らずに、エルサレムに留まっている間に、主イエスを裁判にかけて、殺すということであったのです。なぜ、そのように彼らが考えていたのかと言いますと、彼らは民衆が暴動を起こすことを非常に恐れたからなのです。特に、様々な権益を得ていた祭司階級のサドカイ派の人たちは親ローマであったからなのです。つまり、ローマによって既得権益を得ているが故に、現状維持派であったのです。ですから、暴動が起こって、ローマの介入を招くというのは、彼らにとっては不利益をもたらすものであったのです。そのため、暴動が起こらないように、祭りが終わってから、密かに逮捕しようと考えているのです。しかし、主イエスを密かに逮捕して、殺す良い方法が見つからないのです。そのような煮詰まった状況のところに、渡りに船と言わんばかりの相談を、ユダが持ちかけるのです。ユダの登場によって、膠着していた状況が目まぐるしく動き始めるのです。そこで、ユダの裏切りになるわけですが、本来はこの次にベタニアでの油注ぎのエピソードが入って来るのです。主イエスがベタニアのマリアから油注ぎを受ける、これが埋葬の準備だという話が入って来るのですが、ルカはその話を省略して、今、進んでいる話をそのまま進めて行っているのです。
■ユダの中に、サタンが入った
さて、本日の聖書の箇所の3節を見ますと、『しかし、十二人の中の一人で、イスカリオテと呼ばれるユダの中に、サタンが入った。』とあります。『ユダの中に、サタンが入った』というのです。これは重い言葉です。この言葉は、ユダの裏切りを説明する重要な言葉だと思います。そのことを教えている別の聖句があります。ユハネによる福音書13章2節には、『夕食のときであった。既に悪魔は、イスカリオテのシモンの子ユダに、イエスを裏切る考えを抱かせていた。』とあります。ルカも、ヨハネも共にユダにサタンが入ったと教えているのです。つまり、ユダはサタンの影響下で行動していたと言うのです。それはどういうことかと言いますと、主イエスの死は、単に人間の陰謀によるものではないということです。このことを理解しておくことは、とても大切です。
弟子集団の中で、信頼され、重く用いられていたユダの裏切りとは、まさに『サタンが入った』としか考えられない、理解できない出来事であったと考えられます。福音記者ルカは、深い悲しみと共に、ユダの裏切りの背後には、神様の計画を妨害しようとするサタンの思惑があったということを書き記したのだと思うのです。このことが何を示しているのかと言いますと、他の弟子たちに『サタンが入った』ということが起こる可能性があったということです。実際に、シモン・ペトロに対して、主イエスはルカによる福音書22章31〜32節で、『シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。』と語っておられるのです。主イエスに従う弟子であることは、主イエスのこの祈りに支えられているという、1点において成り立っているのです。そして、サタンとの戦いに打ち勝ち、被造世界を神様の手に取り戻すためには、主イエスの十字架がどうしても必要であったということだと思います。
『ユダの中に、サタンが入った』、このことによって何がもたらされると聖書は伝えているのでしょうか。このことは重要なポイントです。サタンは主イエスの死に介入することによって、自らを滅ぼすことになるのです。サタンは自分のことを賢い存在だと考えています。しかし、神様はサタンの上をゆく方なのです。神様は、サタンの策略を逆手に取って、ご自身のみ心を行われる方なのです。それはどういうことかと言いますと、サタンはユダの中に入り、ユダを通して、主イエスを死に至らせようとする、このことは、過越祭の時期を避ける、十字架の死を避けるということを通して、サタンは主イエスの死に介入しようとしたということですが、その結果は、自らを滅ぼすことになるということなのです。
それは、本当にそうなのかということですが、そのことについての聖書の箇所を2箇所、ご紹介したいと思います。コロサイの信徒への手紙2章15節には、『そして、もろもろの支配と権威の武装を解除し、キリストの勝利の列に従えて、公然とさらしものになさいました。』とあります。主イエスの十字架と復活によって何が起きたのかと言いますと、『もろもろの支配と権威の武装を解除し、』とありますが、これはサタン及び悪霊たちの力のことですが、それらを解除し、『キリストの勝利の列に従えて、』というのは、主イエス・キリストの勝利の列に、捕虜として加えたというのです。つまり、主イエスの死に介入したことは、サタンや悪霊たちの滅びにつながったということです。
また、ヘブライ人への手紙2章14〜15節には、『ところで、子らは血と肉を備えているので、イエスもまた同様に、これらのものを備えられました。それは、死をつかさどる者、つまり悪魔を御自分の死によって滅ぼし、死の恐怖のために一生涯、奴隷の状態にあった者たちを解放なさるためでした。』とあります。主イエスの受肉と、主イエスの十字架と主イエスの復活は、死に対する勝利なのです。このことは、死を支配している悪魔を滅ぼすためなのだと言うのです。これらのことが聖書の他の箇所でも言われているのです。サタンは主イエスの死に介入することによって、自らを滅ぼすことになるということなのです。
■ユダの提案
本日の聖書の箇所の4〜5節には、『ユダは祭司長たちや神殿守衛長たちのもとに行き、どのようにしてイエスを引き渡そうかと相談をもちかけた。彼らは喜び、ユダに金を与えることに決めた。』とあります。ユダは主イエスを引き渡すことを提案したのです。内容は何かと言いますと、そのことは結果的にわかるのですが、主イエスがいるところに、ユダが手引して、兵士たちを案内するので、誰にも見つからない形で、主イエスを逮捕できるというのが、ユダの提案であったのです。ユダがこの内容の提案を行った相手は、祭司長たちや神殿守衛長たちであったのです。祭司長というのは、祭司の区分があって、それぞれの区分の長なのです。そして、神殿守衛長たちというのは何かと言いますと、神殿を警護する守衛がいたのですが、その守衛たちを統率するのが、神殿守衛長なのです。主イエスが逮捕される場面に、こういう言葉が出てきます。ヨハネによる福音書18章3節に、『それでユダは、一隊の兵士と、祭司長たちやファリサイ派の人々の遣わした下役たちを引き連れて、そこにやって来た。松明やともし火や武器を手にしていた。』とあります。『祭司長たちやファリサイ派の人々の遣わした下役たち』と書かれているこの下役たちというのが、神殿の守衛たちであり、彼らを統率しているのが、今日の聖書の箇所で出てくる神殿守衛長たちなのです。ですから、主イエスを逮捕した人というのは、誰かと言いますと、神殿の守衛たちであり、彼らを統率するのが神殿守衛長だということです。
ですから、ユダは出かけて行って、祭司長たちや神殿守衛長たちに、自分の考えている案を提案したのです。そして、その案は、自分が手引するから、密かに主イエスを逮捕することできるという案であったのです。そのユダの提案を聞いて、5節にありますように、『彼らは喜び、ユダに金を与えることに決めた。』のです。ここに『喜び』という言葉が出てきますが、この喜びは正当な喜びではありません。罪人は悪を行うことに喜びを覚えるのです。祭司長たちや神殿守衛長たちは、主イエスを逮捕し、殺す道筋が見えたので、喜びに満たされたのです。私たちはどこに立っているでしょうか。神様のみ心が成ることを見て、喜んでいるのでしょうか。それとも、自分の思い通りになったことを見て、喜んでいるのでしょうか。あるいは、悪いことがその通りになったから、喜んでいるのでしょうか。私たちは、私たちを見守る神様の目を、覚えたいと思います。
さて、彼ら、祭司長たちや神殿守衛長たちは喜んで、今度はユダに金を与える約束をしたのです。どれ位のお金かと言いますと、銀貨30枚を与える約束をしたのです。
■ユダの手引きによって
本日の聖書の箇所の6節には、『ユダは承諾して、群衆のいないときにイエスを引き渡そうと、良い機会をねらっていた。』とあります。ユダはこのとき罪責感を感じていないということが分かります。それは、サタンがユダの中に入っていて、善悪の判断する力を奪っているからです。『ユダは承諾して、群衆のいないときにイエスを引き渡そうと、良い機会をねらっていた。』とありますように、ユダの計画の最高の瞬間を待ちましょうということです。そして、群衆がいない時に、主イエスを宗教的指導者たちの手に引き渡すということなのです。
しかし、ユダが計画していたその絶妙なタイミングは訪れないのです。ユダの計画は、その通りには実現しなかったのです。なぜかと言いますと、主イエスはユダの計画を見抜いていたからです。ですから、ユダの時が来る前に、ユダを動かすのです。つまり、主イエスはサタンやユダよりも、はるかに知恵と力がある方なのだということです。ユダが考えていた、ユダの時は、来なかったのです。
それはどういうことでしょうか。そのことは、神様が何を目指しておられたのかということが、とても大事なことなのです。神様が目指しておられた1つ目のことは、メシアは過ぎ越しの祭りの日に死ぬということなのです。ですから、祭りが終わってから、群衆がいないところで、主イエスを殺すという、祭司長たち、律法学者たちや神殿守衛長たちの狙いというのは、神様の目指しているものとは異なっているのです。それは、どういうことかと言いますと、過越祭というのは、メシアの死についての預言的な枠組みだということなのです。過越祭で屠られる過ぎ越しの子羊はメシアの死を予表しているということなのです。そして、過越祭はエジプトでの奴隷としての束縛から解放されたことを記念することは、子羊の犠牲を経ての解放を記念する祭りであることから、主イエスの十字架での死が霊的解放につながるのだという預言的な枠組みがあるのです。
ですから、主イエスは過ぎ越しの祭りの期間に死ななければ、過ぎ越しの祭りが持っている預言的な枠組みが成就しないということなのです。この預言的な枠組みがなければ、主イエスはいつ、どこで逮捕されても良かったのです。しかし、神様はご自分の約束を必ず成就されるお方なのです。ですから、メシアは過越祭の日に死ぬというのは、動かすことのできない神様のご計画なのです。
そして、次に重要な点としては、主イエスは過越祭で屠られる神様の子羊であるということです。神の子羊は、過越祭の時に屠られるのです。これが大切なポイントです。ユダとユダヤの宗教的指導者たちは、過越祭が終わってから、群衆がいないところで、主イエスを逮捕して、殺そうとしていたのです。もし、宗教的な指導者たちの思惑通りに事が運べば、過越祭の日に死ぬということは成就しないのです。
そこで、何が起きたのかと言いますと、さらに次の重要な点として、主イエスがユダに行動を起こすように促すということが起きたのです。このことは、主イエスはご自身が過越祭の時に死ぬという意思表明でもあるのです。そのことが書かれているのが、ヨハネによる福音書13章27節なのです。そこには、『ユダがパン切れを受け取ると、サタンが彼の中に入った。そこでイエスは、「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」と彼に言われた。』とあるのです。ここを読むと、この場面でサタンがユダに入ったようにも読めますが、サタンの影響が段階を追って強くなって行ったとも読めます。つまり、サタンがユダに対する束縛をさらに強めたと考えることの方に合理性があると思います。ここに、『そこでイエスは、「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」と彼に言われた。』とあります。つまり、過越祭が終わるのを待つのではなくて、お前が計画していることを今すぐにやりなさいと、主イエスは言っているのです。その結果、その夜に主イエスが逮捕され、翌日の朝、十字架に架かるという流れができるのです。これは、とても重い言葉なのです。「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」と、主イエスはユダの行動を促したのです。その結果、主イエスは、過越祭の期間に、十字架に架かって死ぬということが成就したのです。
次に、神様が目指しておられた2つ目のことというのが、死に方の問題で、メシアは十字架に架かって死ぬということであったのです。なぜかと言いますと、木にかけられて死ぬというのは、呪いの死と考えられており、主イエスの死が呪われた死となることが必要であったのです。申命記21章23節には、『死体を木にかけたまま夜を過ごすことなく、必ずその日のうちに埋めねばならない。木にかけられた死体は、神に呪われたものだからである。あなたは、あなたの神、主が嗣業として与えられる土地を汚してはならない。』とあります。『木にかけられた死体』とは、十字架に架けられたということと同じです。それは罪として処罰を受けて、呪われた死であるということなのです。父なる神様は、罪を知らない方を罪とされた、罪人のために、自らが罪人として呪われた死を遂げる。そのためには、木に架けられなくてはならないのです。つまり、十字架で死ななければならないということなのです。
イザヤ書53章5節を見ると、『彼が刺し貫かれたのは/わたしたちの背きのためであり/彼が打ち砕かれたのは/わたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって/わたしたちに平和が与えられ/彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。』とあります。これは、メシアの身代わりの死が、そのことを信じる人に対して、平安をもたらすという約束なのです。つまり、主イエスの死が十字架の死で、呪われた死であるが故に、その死がそれを信じる私たちに平安と癒しをもたらすのだという約束なのです。
このように、聖書に書かれていることを見てきますと、メシアは過越祭の時に死ぬというタイミングについての課題と、メシアは木の十字架に架かって死ぬという死に方についての課題という2つの課題を同時に満たす必要があることが分かります。サタンはそれを邪魔しようとしました。過越祭以外の時に、十字架以外の方法によって、主イエスを殺そうと画策したのです。しかし、勝利されたのは神様であったのです。サタンが様々な策を仕掛けてきても、神様ははるかに素晴らしいお方であることから、敗北のように見えて、実は十字架の中に神様の勝利が確立しているのです。神様は、あらゆる状況に対し、勝利されるお方なのです。主イエス・キリストの十字架の死は、神様の弱さを表しているのではないのです。神様は強いお方であり、私たちを愛されるお方なのです。そのことの故に、敢えて弱くなることを選ばれたお方なのです。そのことは、神様の弱さを示しているのではなくて、神様の愛の深さと神様の力の強さを私たちに示しているのです。
私たちは、私たちが信じた主イエス・キリストというお方が、どういうお方であったのかということを思い起こして、試練の内にいる時も、また、祝福を受けている時も、常に神様を見上げて、神様に信頼して歩み続けたいと思います。
それでは、お祈り致します。