小倉日明教会

『十字架を背負わされて』

ルカによる福音書 23章 26〜31節

2025年8月17日 聖霊降臨節第11主日礼拝

ルカによる福音書 23章 26〜31節

『十字架を背負わされて』

【奨励】 川辺 正直 役員

【奨 励】                  役員 川辺 正直

遠藤周作 『沈黙』

 日本基督教団では、8月の第1日曜日を『平和聖日』と定めています。これはおはようございます。遠藤周作の代表作である『沈黙』という小説を読んだことのある方は多いかと思います。時代は、江戸時代初期の激しいキリシタン弾圧の時代です。特に、島原の乱(1637〜1638年)後の激しい弾圧期を舞台に、棄教を迫られる宣教師や隠れキリシタンたちの苦悩と信仰を描いています。遠藤周作は、自分の死後、『沈黙』と『深い河』の二つの作品を棺に入れて欲しいと頼んだと言います。『沈黙』は作家自身が認める代表作であると同時に、当初、カトリック教会を中心に凄まじい非難を受ける問題作でもあったのです。

 主な批判は主人公ロドリゴが『踏み絵を踏む=罪を犯す』前に神様の声を聞いてしまっているということでした。神様は人間の犯した過失に対しては許しを与えることは可能であるが、罪を犯すことを最初から認めるようなことはあり得ないという論理で、遠藤周作は糾弾されたのです。クリスチャンの中でも、遠藤周作の『沈黙』は、評価が分かれるかと思います。教義の上では問題はあったとはいえ、しかし、裏切りは遠藤周作にとって、創作の上での重要なテーマであったと思います。

 遠藤周作が10歳の時に、両親が離婚します。お父さんが不倫をしていたのです。しかも、お父さんは不倫相手に会う口実として、子どもの遠藤周作を連れて行ったのです。『激しい性格』と言われていたお母さんは、遠藤周作を連れて、神戸に帰り、お母さんはお姉さんの影響を受けて、熱心なカトリック信者となるのです。そして、お母さんは遠藤周作を教会に連れて行き、ほかの子供たちとともに公教要裡の勉強をさせたのです。そして、遠藤周作は中学生の時に、カトリックの洗礼を受けたのです。その後、遠藤周作は、カトリックの神父になろうと本気で考えたことがあります。母と教会の神父のツテもあり、上智大学予科甲類に入学しますが、翌年には退学していて、なかなか進路が定まらず、お母さんには申し訳なかったと考えていたそうです。その後、お父さんの意向で、医学部を受験することになり、お父さんと同居するのですが、遠藤周作は慶應義塾大学文学部に進学してしまい、お父さんに勘当されてしまうのです。このように、遠藤周作はその成長期に、様々な形で裏切りということを体験するのです。

 さて、『沈黙』の主人公であるロドリゴは、状況に合わせてころころと信条を変えてしまうキチジローの気持ちを決して理解できないのです。キチジローがロドリゴの後を追ってくる箇所でも、役人に引き渡されるのではないかという疑惑が胸お中から消えることはないのです。『沈黙』には、次のように書かれています。

 『「去れ、行きて汝のなすことをなせ」基督(キリスト)でさえ、自分を裏切ったユダにこのような憤怒の言葉を投げつけた。その言葉の意味が司祭には長い間、基督(キリスト)の愛とは矛盾するもののように思えてきたのだが・・・・・・・、撲(ぶ)たれた犬のような怯えた表情を時々むけている男をみると、体の奥から、黒い残酷な感情が湧いてくるのである。「去れ」と彼は心の中で罵った。「行きて汝のなすことをなせ」』

                          (遠藤周作、『沈黙』、p.129)

 ロドリゴとキチジローの関係が、最終的に修正されるのは、ロドリゴが踏み絵を踏むという後なのです。ロドリゴが教会制度の中で、最も大きな誤りとされている、踏み絵を踏むという罪を犯すことによって、それでもなお赦されているという神様の愛を知って初めて、悔い改めたロドリゴは真の憐れみをキチジローに対しても抱けたのです。さて、本日の聖書の箇所は、十字架での死刑判決を受けた主イエスがゴルゴタと呼ばれる処刑場へと引かれてゆく場面です。この場面で、ローマ兵によって、鞭打たれて、十字架の横木を担ぐことができなくなった主イエスに代わり、十字架の横木を担いだ『シモンというキレネ人』が登場します。本日は、主イエスの後ろを、十字架の横木を担いで歩く『シモンというキレネ人』にとって、本日の聖書の箇所の出来事は、どのような意味があったのかということを考えながら、本日の聖書の箇所を読んでゆきたいと思います。

■ヴィア・ドロローサ

 本日の聖書の箇所は、ヴィア・ドロローサと呼ばれる箇所です。ヴィア・ドロローサというのは、『苦しみの道』という意味のラテン語なのです。つまり、主イエスがゴルゴタの丘に向かって歩かれた苦しみの道、これをヴィア・ドロローサとラテン語で言うようになったのです。さて、本日の聖書の箇所の26節を見ると、『人々はイエスを引いて行く途中、田舎から出て来たシモンというキレネ人を捕まえて、十字架を背負わせ、イエスの後ろから運ばせた。』とあります。まず、始めにこのときの主イエスの身体の状態について見てみたいと思います。前回に取り上げた主イエスの裁判の席で、ユダヤ総督のピラトは、主イエスに何の罪も見出さないと宣言しました。そして、その後で、だから私は彼を鞭打ちにし、それから釈放すると言ったのです。しかし、無罪なのであれば、鞭打ちを受ける必要はないのです。騒いでいるユダヤ人たちをなだめるために、鞭打ちを行ったのです。ローマが行う鞭打ちなので、非常に残酷な鞭打ちなのです。革が細紐のように切ってあって、その先に鉛であるとか、釘であるとか、石などが埋め込んであるのです。その鞭で思いっきり打つのです。そのため、ムチで打たれた人は、背中の細胞が破壊されて、肋骨まで見えるという状態になったのです。それだけではありません。鞭は、顔の方にも向かってくるのです。そのように、胸や顔までもが破壊されますので、親戚の人が駆けつけたのだが、顔が破壊されていて、どれがその人なのか判別できないような状態であったという、ローマ時代の記録が残されているほどなのです。ですから、鞭を打たれた後の主イエスがどのような状態であったのかというのは、多量の出血を伴う、医学的に悲惨な状態であったと考えられます。十字架刑を執行する場合、通常、鞭打ちは刑場に着いてから行うものなのです。ですから、通常であれば、犯罪者は十字架の横木を担いで、刑場まで行ってから、鞭打ちを受けるのですが、主イエスの場合には、その順序が逆になっているのです。十字架の横木をと言いましたが、十字架の縦木は刑場に予め置かれているのです。横木だけを担ぐと言いましたが、1人の人間の体重を支える訳ですから、横木だけでも50〜60kgほどの重さがあったのです。それを背負って、主イエスは刑場まで歩んで行かなくてはならないのです。横木を背負わされたときから、主イエスの肉体的には、その負荷に耐えることが困難な状態にあったのだということをここで理解しておく必要があると思います。そうでなければ、キレネ人シモンが登場してくる意味が分からなくなると思います。

 本日、取り上げている十字架までの道行き、これを先程言いましたように、ヴィア・ドロローサ、『苦しみの道』と言いますが、ここで理解しておきたいのは、主イエスにとってはまさにそれは『苦しみの道』であったということです。私たちのために、主イエスがこの苦しみの道を通過して下さったということなのです。ローマ時代の十字架刑というのは、ローマ帝国のオリジナルの刑罰ではありません。十字架刑は、メソポタミア地方で考案されたものです。ローマの十字架刑が有名になったのは、ローマ帝国が、見せしめとしての効果と人が苦しみ抜いて死に至るプロセスを形として完成させたことによるのです。従って、ローマの十字架刑を理解する上で重要なのは、十字架刑のゴールは殺すことではないということなのです。長時間苦しめながら殺すということによって、見せしめの効果を最大化するということが、十字架刑のゴールなのです。従って、犯罪人は十字架に架けられてから、すぐには死なないで、長時間苦しんでいる様子を見せるということが重要で、この目的を達成するために、ローマ時代は十字架刑のマニュアルが出来上がっていたのです。ですから、兵士たちはそのマニュアルに沿って、1つ1つステップを踏んで、刑を執行して行ったのです。従って、十字架の横木を担いで、刑場まで連れ回されるというのも、十字架刑の重要な1つのステップであったのです。従って、十字架の横木を背負って、ゴルゴタの丘に向かって、1歩1歩登ってゆくというヴィア・ドロローサ、『苦しみの道』の途中で、主イエスが死んでしまったら、ローマ兵は職務を遂行したことにはならないのです。なぜなら、途中で死んでしまったら十字架刑のいかに苦しめるか、苦しむ受刑者をいかに見せつけるかという目的は、半分も達成されていないからなのです。

 さて、十字架の横木を背負って、主イエスがよろよろと歩いてゆく、そして、途中で躓いたりしながら、登り坂にかかった時には、もう歩けなくなったのです。これはヴィア・ドロローサに14あるステーション(留)のうちの5番目のステーション(第5留)で、北から南に来ていた道が今度は西の方に曲がるのです。ですから、北から南に向かい、それから右折するのです。右折する、その角が第5ステーションなのですが、そこから西の方を見ると、もう上り勾配になっているのです。登り坂を見渡すことができるその場所で、主イエスは倒れて、十字架の横木を担いで歩くことができなくなったのです。

■シモンというキレネ人

 ローマ兵にとっては、ここで主イエスに死んでもらっては困るのです。ローマ兵は、どうしたものかと考えたことと思います。そして、周囲にはたくさんの人々が集まって来ていますから、その群衆の中から主イエスの代わりに十字架の横木を背負う人物を物色して、お前が担げと指名したのです。それが、『シモンというキレネ人』なのです。横木だけとはいえ、50〜60kgあるのです。キレネ人シモンが担ぐことによって、主イエスは一時的に楽になって、ゴルゴタの丘に向かったかと思います。一時的に楽になったからといって、最後は十字架刑の苦しみが待っているのです。主イエスの代わりに十字架の横木を背負ったのは、『シモンというキレネ人』であったのです。いくらローマ帝国であったからといって、群衆の中から引きずり出して、『おい!お前、これを担げ!』というような乱暴なことができるのかと、私たちは思ってしまいますが、それができるのです。この時代のローマ帝国は支配下にある民をいつでも徴用することができたのです。ですから、必要な仕事があれば、おいお前!これをやれと命じることができたのです。これが、支配者と被支配民族の力関係であったのです。

 本日の聖書の箇所に登場するシモンという人はキレネ人と呼ばれています。この人のシモンという名前は、ユダヤ人の名前です。キレネ人と書かれているキレネという町は、北アフリカ、現在のリビアの辺りの一大通商都市として繁栄していました。現在のリビア(北アフリカ、エジプトの西)のことです。紀元前6世紀にイスラエル王国が滅亡すると、ユダヤ人は各地に離散しましたが、キレネにもユダヤ人の共同体が出来たようです。アフリカのアテネと呼ばれるほどの学術都市でもあります。アレキサンドリアと並んで、ユダヤ人入植者が多かった町です。なぜこの人がエルサレムに来ているのかということですが、この時は、過ぎ越しの祭りの季節なのです。シモンは過ぎ越しの祭りを祝うためにエルサレムに来ていた巡礼者の1人であったと思います。シモンは主イエスの後を、興味を持って着いて来ていたのか、あるいは、たまたまそこにいたのかは、分かりません。おそらく偶然、そこを通りかかったのだと思います。それは、なぜかと言いますと、ヴィア・ドロローサを北から南に向かう道を真っ直ぐに行けば、神殿に到達する道があるのです。ですから、神殿に向かう途中で、十字架の横木を背負って歩いてくる主イエスに遭遇し、たまたまそこに行き合わせたことが、シモンが十字架を負うきっかけになったのだと思います。それ故、キレネ人シモンは十字架の横木を負って、主イエスの後を歩んで、ゴルゴタの方に行くようになるのです。シモンは不思議な神様の摂理の御手によって、主イエスの身代わりとして十字架を負う人物となったのです。誠に数奇としか言うことができない運命だと思います。この一つの出来事を通して、彼の名前は歴史に記され、世界中に知られるようになったのです。

■嘆き悲しむ婦人たち

 次に、本日の聖書の箇所の27〜28節を見ますと、『民衆と嘆き悲しむ婦人たちが大きな群れを成して、イエスに従った。イエスは婦人たちの方を振り向いて言われた。「エルサレムの娘たち、わたしのために泣くな。むしろ、自分と自分の子供たちのために泣け。』とあります。27節に登場する嘆き悲しむ婦人たちが登場する話は、ルカだけが記している記録なのです。そして、この話はエルサレムが崩壊するということの予言になっているのです。ルカはエルサレムに非常に興味を持っています。ルカによる福音書の特徴の1つがエルサレムであると言うことができると思います。そして、エルサレムに対する関心と同時に、福音記者ルカは女性たちの働きについても関心を示しているのです。ですから、この箇所でも、エルサレムへの関心と女性たちへの関心と、この2つが理由となって、ルカはこのエピソードを書き記しているのだと思います。そして、ここでも民衆という言葉が出てきました。これは主イエスの教えに耳を傾け、どちらかと言うと主イエスに共感し、支持していた人たちです。そして、その次に主イエスのことを『嘆き悲しむ婦人たち』とあります。これが大きな群れを成していたと言うのです。ルカは、『嘆き悲しむ婦人たち』を取り上げています。これは、先程、言いましたように、女性に焦点を合わせるのは、ルカによる福音書の特徴なのです。ここで、私たちの中の疑問は、この『嘆き悲しむ婦人たち』というのは、誰のことなのかということです。

 中東では、この時代、泣き女の習慣がありました。泣き女というのは、葬儀の列に同行して、悲しげな泣き声をあげ、涙を流すという、職業としての泣き女のことです。当時は、このような泣き女たちは、刑場まで同行して、十字架に架けられる前の犯罪人にぶどう酒を飲ませたりして、鎮痛剤を与える役割を果たしていたのです。なぜ鎮痛剤を与えることが許されるのかということですが、当時のユダヤ人にとって、十字架刑に処せられる殆どの受刑者というのは、愛国主義の人で、ローマに反抗したために十字架に架けられている人たちで、その人たちにユダヤ人たちは敬意を表す習慣があったと伝えられています。このため、ローマ兵たちもこのような行為は許していたのだと伝えられているのです。しかし、死んだ後、十字架から降ろして、手厚く弔うことは禁じられていたのです。それはなぜかと言いますと、十字架刑は見せしめのための残酷な刑ですから、丁寧に弔うことは禁じられていたのです。

 本日の聖書の箇所の場面で、そのような職業的な泣き女が本当にいたのかということですが、今日の聖書の箇所の『嘆き悲しむ婦人たち』というのは、そのような職業的な泣き女ではないと思います。ここまでルカによる福音書の話を見てきますと、主イエスご自身は、主イエスを信じる信仰を前提としていない職業的な泣き女たちの活動は喜んではいなかったと思います。本日の聖書の箇所で、主イエスが『嘆き悲しむ婦人たち』に声を掛けたというのは、どこまでも人格の関係性の上に成り立っている出来事であると思います。それでは、この『嘆き悲しむ婦人たち』は誰なのかということですが、この人たちは真実に嘆き悲しんでいる女性たちであったと思います。つまり主イエスが苦しみに遭っていることを目撃して、心から純粋に悲しんでいる信仰のある女性たちであったと思います。

 その女性たちの方を向いて、28節にありますように、主イエスは声を掛けられたのです。先程、説明しましたように、主イエスは倒れんばかりの瀕死の状態になっているのです。そのような肉体的な苦痛の中でも、人びとに奉仕を続けている主イエスの姿に、深い愛を見ることができると思います。主イエスの呼びかけの言葉は、『エルサレムの娘たち、』という言葉です。これは比喩的な言葉です。『娘たち』という言葉は、通常、住民のことを言う言葉なのです。ですから、エルサレムに住んでいる女たちという呼びかけということなのです。つまり、ここで『嘆き悲しむ婦人たち』は、ガリラヤから主イエスについて来た女性たちではなくて、エルサレムに住んでいた女性たちであるということが分かります。そして、主イエスはこの女性たちに、『わたしのために泣くな。むしろ、自分と自分の子供たちのために泣け。』と語ったのです。私(主イエス)のことではないのだ。自分の運命を悲しみなさいと言うのです。そして、ここから主イエスの予言に入って行くのです。

■自分のためにこそ泣け

 本日の聖書の箇所の29〜30節を見ますと、『人々が、『子を産めない女、産んだことのない胎、乳を飲ませたことのない乳房は幸いだ』と言う日が来る。そのとき、人々は山に向かっては、『我々の上に崩れ落ちてくれ』と言い、丘に向かっては、『我々を覆ってくれ』と言い始める。』とあります。この時代、子を産めない女は不運なことだと考えられていました。そして、子どもを持つことは幸運なことだと考えられていました。ところが、主イエスはここで予言を語るのです。将来、幸運と不運とが逆転するのだと言うのです。つまり、子を産めない方が幸運だ、このように思っているのは、非常に不幸なことだと人々が言うようなことが起こるのだと言うのです。それは、何時のことかというと、エルサレムが崩壊する時だと言うのです。ですから、主イエスの言葉は、40年後のエルサレム崩壊を予言した言葉なのです。30節を見ますと、特徴的な格言が語られています。『そのとき、人々は山に向かっては、『我々の上に崩れ落ちてくれ』と言い、丘に向かっては、『我々を覆ってくれ』と言い始める。』とあります。主イエスのこの言葉の背後には、ホセア書10章8節の予言があります。ホセア書10章8節には、『アベンの聖なる高台/このイスラエルの罪は破壊され/茨とあざみがその祭壇の周りに生い茂る。そのとき、彼らは山に向かい/「我々を覆い隠せ」丘に向かっては/「我々の上に崩れ落ちよ」と叫ぶ。』とあります。このホセア書の予言が下敷きになっているのです。つまり、神様の裁きが下るから、嘆きなさいという予言なのです。このように言って嘆くようになるのだと言うのです。そして、同じことがエルサレムに起きるのだと、主イエスは予言されたのです。

 そして、本日の聖書の箇所の31節を見ますと、『『生の木』さえこうされるのなら、『枯れた木』はいったいどうなるのだろうか。』とあります。これも格言ですが、ここで疑問となるのは、『生の木』と『枯れた木』とは何かということです。『生の木』というのは、ヘブライ語ではどのように訳されているかを見てみると、『木』を意味する『エーツ』に、形容詞の『ラハ』ということばがついて『生の木』となっています。形容詞の「ラハ」は『湿った、緑(の木)』という意味で、英語ではfresh、とか、greenと訳されます。ですから、『生の木』とは生き生きとした緑の命のある木です。これは、誰のことを言っているのかと言いますと、主イエスご自身のことです。主イエスはここでは、青々と繁った豊かな木なのです。ところが、主イエスは今、十字架刑に架けられようとしているのです。つまり、この箇所はラビ的な対比法で、『生の木』のような清いお方として表現されるお方が、こんなにも悲惨な目に遭っているとするならば、『生の木』ではない『枯れた木』、つまりこれは邪悪な罪人、あるいは、ユダヤ人の指導者たち、あるいは、エルサレムの住民と考えても良いと思います。罪のある者たち、『枯れた木』にはいったい何が起こるのでしょうか。今、『生の木』が経験している以上の悲劇が起こるのは当然ではないか。ましてや、罪人がさらに激しい苦難に遭わない筈はないのだと、主イエスは語られたのです。この主イエスの語る格言の背景には、エゼキエル書21章2〜3節の予言があるのです。従って、主イエスのここでの予言は、旧約聖書のホセア書とエゼキエル書の言葉から引用しているのです。エゼキエル書21章2〜3節を見てみますと、『人の子よ、顔をテマンに向け、ダロムに向かって言葉を注ぎ出し、ネゲブの野の森に向かって預言せよ。ネゲブの森に言いなさい。主の言葉を聞け。主なる神はこう言われる。わたしはお前に火をつける。火は、お前の中の青木も枯れ木も焼き尽くす。燃え盛る炎は消えず、地の面は南から北まで、ことごとく焦土と化す。』とあります。ここでの一連のことは、エルサレム崩壊の予言なのですが、同時に悔い改めの勧めにもなっているのです。これから、エルサレム崩壊まで40年間あるのです。ですから、個人的にも、国家的にも、40年間の悔い改めの期間が残されているから、それを自分の命を救うために用いなさいという、主イエスからの最後のメッセージがここで語られているのです。主イエスに従ってくる『嘆き悲しむ婦人たち』やその子らを呑み込もうとしている恐ろしい破壊に、エゼキエル同様、主イエスも胸の張り裂ける思いで語ったのだと思います。エゼキエル書21章11〜12節には、『人の子よ、呻け。人々の前で腰をよろめかし、苦しみ呻け。人々があなたに、『どうして呻いているのか』と問うならば、彼らに答えて言いなさい。『この知らせが届いたからだ』と。すべての人は勇気を失い、手は力なく垂れ、すべての霊は力を失い、すべての膝は水のように力を失う。知らせは届いた。それは実現する」と主なる神は言われる。』とある通りだと思います。

■悔い改めの招き

 そして、その主イエスの最後のメッセージをキレネ人シモンも、主イエスのすぐ後ろで聞いていたのだと思います。思いもかけずに主イエスの最後のメッセージを聞き、思いもかけずに背負わされた主イエスの十字架の横木を、不思議な神様の摂理の御手によって、主イエスの身代わりとして自覚的に十字架を背負う者となる、キレネ人シモンはそのようにして信仰者とされて行ったのだと思います。主イエスの後ろを十字架の横木を背負って歩いたシモンに、そのようなことが起ったのだと思います。そして、『キレネ人シモン』という名前がこうして聖書に残されているのです。マルコによる福音書では、彼が『アレクサンドロとルフォスとの父』であるとも語られています。つまりマルコ福音書が書かれた教会において、シモンとその二人の息子たちが知られていたのです。それは、シモンが後にキリスト信者となり、教会の一員となったことを示しています。シモンは、主イエスの十字架を無理矢理に背負わされ、主イエスの後を歩んだ、その体験がきっかけとなり、主イエスの復活の後、信仰者となったのです。本当の意味で、十字架を背負って主イエスに従う者となったのです。そのように彼の人生を変える出会いがここで与えられたのだと思います。キレネ人シモンは、主イエスに従って歩くことによって、自分の、そして人間たちの、罪の悲惨さとその重さを見つめ、感じるようになったのだと思います。本当に嘆き悲しみ涙すべきことは、主イエスが十字架につけられて殺されることでも、自分がその十字架を背負わされたことでもなくて、自分自身の罪の深さなのだ、そのことを彼ははっきりと感じ取ったのではないかと思います。そして、そのことは、主イエスの復活を経て、主イエスの十字架による罪の赦しと、復活による永遠の命の約束を信じる確固たる信仰へと実を結んでいったのだと思います。主イエスの十字架の苦しみと死に、自分自身の罪の結果を見ることによってこそ、私たちは、先立って歩んで下さる主の後に従って、喜び歌いつつ歩むことができるのだと思います。私たちもまた、主イエスの十字架を背負い、主イエスの言葉に従って、歩んで行きたいと思います。

  それでは、お祈り致します。