■老いることの幸せと救い
先週月曜日は「敬老の日」でした。
皆さんは、年老いていくこと、死が近づいてくることを、どう思われるでしょうか。だれもが年をとり、いつかは死ぬのですが、まだ若い方は、体が思うように動かなくなるし、病気になりがちだし、何といっても死ぬのは怖いし、ちょっと不安だな、嫌だな、そう思われるかもしれません。でも、年を取ることはそれほど悪いことではありません。このわたし自身、いつの間にか年を重ね、孫たちから「じいじい」と呼ばれるようなって、最近は、年老いていくことは悪くないばかりか、実はすごいこと、素晴らしいことだと思うようになりました。
皆さんも、ご自分のこと、そして周りにおられる、年老いてこられた方々のことを思い浮かべてみてください。若いころは、何でも自由に好きなことができるのが幸せだと思っていました。元気で好きな所へ行き、好きな遊びや仕事ができることを自由だと思っていました。でも年を重ねてくると、どんな時にも、どんな所にいても、自分があるがままにいられることこそ、本当のしあわせ、本当の自由だと分かってきます。
だから、年老いた人には、こだわりがありません。
若いころは、人の役に立ち、評価され、ほめられることが大切だと思っています。そのため、たくさんの時間と力を注いで、人からほめられては喜び、けなされては悲しんできました。でも年老いてくると、何の役にも立たちそうもないことや、だれからも見向きもされないことにこそ、実は、本当に大切なことが隠されているのだと分かるようになります。
だから、年老いた人は、とても優しいのです。
若いころは、真実を求め、正しいことを行うのが大切だと思っていました。そのため、人の間違いや過ちを見つけては、責め、その不正を許そうとしません。しかし、年と共にいろいろなことを経験すると、誰かの真実が別の人の事実とは違っていて、そこに誤解や争いが生まれること、不正を許さない人自身が実は、不正に荷担してしまっていることだってあることが分かってきます。
だから、年老いた人は、すぐに叱ったりしません。
だからこそ、年老いた人がすぐそばにいる家族は幸せになります。
目の前のことに囚(とら)われて、気持ちがバラバラになってしまった家族にとって、何がいちばん大切なのかをよくよく知っている年寄りこそが救いです。たとえば、成績が悪いこどもを親がこっぴどく叱っているときに、部屋の隅からその親に向かって、「その子が生まれた時、おまえたちよく言ってたよねえ。『どんな子でもいい、元気に育ってくれさえずれば』なんてねえ」なんて、ぽつりと呟(つぶや)いたりします。年老いた人は、知恵にあふれたユーモアを知っています。
■ありがとうのひと言
そう言えば、こんなことがありました。
大阪のユニバーサル・ジャパンに行った、ある秋の日の昼下がり。ベンチで一休みしているとき、向かいのベンチでの小さな出来事を目にしました。
おとうさんとおかあさん、小さな女の子、そしておじいちゃんの、四人家族がやって来ました。疲れているのか、おかあさんは怖い顔をしています。女の子をベンチに座らせると、大きなポップコーンのカップを渡して、こう言いました。
「いい? ママとパパはお買い物してくるから、これ食べて、ここで待っててちょうだい。どこにも行かないでね。ほら、ちゃんと持って。こぼしちゃだめよ。それじゃ、おじいちゃん、頼んだわね。すぐもどるから…」
二人が足早にそこを離れ去った後、ベンチには不安そうな女の子と、気の弱そうなおじいちゃんの二人が残されました。ふと、嫌な予感がしました。
小さな手で大きなカップを抱え、危なっかしくポップコーンを食べ始めた女の子が、何粒も食べないうちにそのカップを地面に落としてしまいました。カップは音を立てて転がり、ポップコーンがあたり一面に散らばってしまいました。
女の子のびっくりした顔! 落としたカップを見つめたまま、凍りついて動けません。おかあさんに怒られると思ったのかもしれません。程なくもどってくるだろう、おかあさんのうんざりしたような怒鳴り声が、今から聞こえてくるようです。
ところが傍にいたおじいちゃんは、まるで何事もなかったように、のろのろとカップを拾い上げました。と、そのとき。どこからともなく白い制服のお姉さんがほうきとちりとりを手に現れ、あっという間に散らばったポップコーンを片づけると、にっこり笑って言いました。
「ちょっと、こちらでお待ちくださいね」
そして一分もたたないうちに、ポップコーンのいっぱい入ったカップを持って現れ、女の子に渡したのです。
「はい、どうぞ」
女の子はキョトンとした顔でそれを受け取り、おじいちゃんを見ます。おじいちゃんは、これまた実にいい笑顔で、「ありがとう」とひと言。お姉さんも笑顔で女の子に手を振ると、またどこへともなく去って行きました。
女の子はもういちど食べ始め、程なくおとうさんとおかあさんが戻ってきました。おじいちゃんがその出来事をぼそぼそと話しますが、なんだか要領を得ず、どのみちおかあさんはまともに聞こうともしていません。「あら、そう」とか、適当に返事をしながら荷物をまとめ、四人は人込みの中に消えていきました。
遊園地も客商売ですから、それくらいするのは当たり前のことと言ってしまえば、それまでです。その女の子も、すぐに小さな出来事なんか忘れてしまうことでしょう。
でも、世の中には困ったときに助けてくれる人がいる。人生には取り返しのつかないことなんてない。どんなにがっかりしても、きっといいことが待ってるんだ。そんな望み、希望が必ずあることを信じ切っているかのような、おじいちゃんの何とも素敵な笑顔と「ありがとう」のひと言が心に残りました。
そういえば、高齢の教会員の方を、施設や病院、ご自宅にお訪ねすると、どなたもが微笑みながら、「ありがとう」とおっしゃってくださいます。そのひと言に、お訪ねしたこちらが逆に元気をいただいて帰ることが、しばしばです。
■裸になって
「ひいおばあちゃん」と呼ばれるようになった母と食事をしながら話をしていたとき、母が唐突にこんな話をし始めます。
「わたし、最近物忘れがひどくなってきたけど、それは、年を取って、死ぬときが近づいている者が、持っているものや身につけているものをこの地上に置いて、もっと身軽になって天国に行くことができるようにと、神様がしてくださっていることじゃないかね。そう思うんじゃけど、どうかね?」
認知症が進む母に戸惑ってばかりいたわたしは思わぬ言葉に心動かされ、「うんうん、その通りだよ」と何度も頷いていました。
誰もが経験されたことがおありだと思います。身につけているものを次々と脱ぎ捨てて、温泉に、ドボンと入ったときの、何とも言えない開放感、気持ちよさ、これ以上の幸せはないと思える一瞬です。立ちのぼる湯気と一緒に、悩んでいたことも、悲しかったことも消えてなくなります。
思えば、わたしたち人間はとても奇妙な生き物です。こんなにいろんなものを身につけている動物は他にはいません。それも、立場だの、場所だの、気候だのに合わせて、身に纏うものをとっかえひっかえしなければなりません。けっこう高いお金を払って、あれこれ揃えなければなりません。実に面倒で、不自由な話です。
だからでしょうか。「裸のつきあい」がとてもいいことに思えてきます。服を脱げば、先生も生徒もありません、社長も新入社員もありません。日ごろ頼りにしている成績や才能、地位や肩書を脱ぎ捨てて、だれとでも生まれたままの姿で語り合えたら、どんなに気楽でしょうか。
わたしたちは体だけでなく、心にもいろいろなものを着込んでいます。それも、見えないのをいいことに、相当変なものまで着込んでいます。小さいころからのこだわりを履(は)き、実際よりもよく見せようと見栄を被(かぶ)り、傷つけられるのを恐れて、無関心を羽織(はお)っています。もしそれが目に見えたら、みんな呆然(ぼうぜん)とするはずです。自分たちが互いに、あまりにもおかしな格好(かっこう)をしていることに気づいて、唖然(あぜん)とするはずです。
そう、母が言ったように、年を取るということは、生きるってことは、脱ぐことなのかもしれません。知らずに身につけてきたものや無理に着込んできたものを一つ一つ脱ぎ捨てて、もっと楽に息をする。できれば裸がいいでしょう。生まれてきたときは、だれだって丸裸だったのです。年をとるとき、わたしたちの誰もがもう一度、裸になっていきます。裸になって初めて感じる「風」があります。裸になって初めて知る「安心」があります。裸になって初めて手にする「自由」があります。裸になって初めて出会う「友」がいます。年老いて、身軽になって行く高齢の方々は、まさに人生の達人です。そうは思われないでしょうか。
■終わりという希望
レオナルド・ダ・ピンチという人が、「十分に終わりのことを考えよ、まず最初に終わりのことを考えよ」と言ったそうです。
わたくしたちは、終わりのことはできるだけ考えないようにして生きています。しかし、何にでも終わりがあります。一生懸命している仕事にも定年というものがあって、「ご苦労さまでした。明日からは他の者にやらせますので…」と言われる時が来ます。体力にものを言わせて一生懸命にやっていても、若さや健康にも終わりがやってきます。富も美しさも知恵もすべて終わりの時がやってきて、なくなっていきます。
難波紘一さんという人がおられました。筋ジストロフィーという難病にかかって、いっときは悩み、苦しみましたが、そこから、『この生命(いのち)燃えつきるまで』というご自身の本の題名通り、いのち尽きるまで、病む人や苦しむ人を励まし続け、休日はすべて伝道のために献げ、わたしなどいくら頑張っても足元にも及ばないような働きをされて、この世を去って逝かれました。
ある友人は妻の死を通して自分の人生を問い直し、大企業のエリートのポストをすてて神学校にゆき、牧師になりました。自分の先が見えたとき、人はより意味のある人生を生きたいと願うのではないか、そう思わされました。
「有終の美」という言葉は、物事を最後まで立派になしとげるという意味ですが、漢字の通りに「終わりが有ることの美しさ」と読んでみると、ハッと気づかされます。死ぬということがあるから、生きている今に価値が感じられる。老いるということがあるから、今の日々が大切になる。別れるときが来るから、一緒にいる今を大切にしたい。すべてに終わりがあるから、すべてがいとおしくなってくる。そう、気づかされます。
今日の聖書の言葉の最後、二七節から二八節にこう記されています。
「また、人間にはただ一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっているように、キリストも、多くの人の罪を負うためにただ一度身を献げられた後、二度目には、罪を負うためではなく、御自分を待望している人たちに、救いをもたらすために現れてくださるのです」
イエスさまが、ご自分を待ち望む人々の前に、二度目に現れてくださるとき、それはもう一度、わたしたちの罪を負ってくださるためではありません。罪は、イエスさまが最初に来られたとき、もうすっかり赦されました。イエスさまが二度目においでになるとき、つまり終わりのときに、イエスさまを待ち望むわたしたちにもたらされるのは、裁きではなく、永遠の救いであると、今日の言葉は告げています。だから、弱ったり、疲れたりしても、人生を最後の最後まで、忍耐と信仰をもって歩み抜こうではないか! この手紙はそんな希望の励ましをもって、わたしたちに語りかけています。 ここに集められたわたしたちは、老いた者も若い者もみな、神の家族として一つとなり、イエス・キリストがわたしたち一人ひとりのもとに再びやって来られる終わりのときに、わたしたちへの救いの恵みが満ちあふれるほどにもたらされるという希望につながれています。そのような希望を持って、終わりのときを、イエスさまが再びやって来られるときを、人生最後のときを、喜びと感謝をもって心から待ち望む者となりたい、そう願う次第です。