小倉日明教会

『束縛から開放される日』

ルカによる福音書 13章 10〜17節

2023年11月19日 降誕前第6主日礼拝

ルカによる福音書 13章 10〜17節

『束縛から開放される日』

【奨励】 川辺 正直 役員

宮沢賢治の生涯の思い出

 おはようございます。さて、詩人であり童話作家としても知られる宮沢賢治という人のことは、皆さんもよくご存知のことと思います。『雨ニモマケズ』、『風の又三郎』、『よだかの星』、『銀河鉄道の夜』などの私たちにとても馴染みの深い作品を残した作家です。宮沢賢治は25歳の時に、岩手県立花巻農学校の先生になります。25歳という若い先生ですので、すぐに花巻農学校のある村の子どもたちと仲良しになります。童話作家ですから、子どもの心を持っているのです。色んな子どもたちが彼になついて来るのですが、特になついてくれた子どもの中にひとり問題児がいました。その子は、万引きの常習犯であったのです。

 何か物がなくなると、まず彼が取ったに違いないと疑われるのです。それで、持ち物をあらためると、やっぱりそうなのです。貧しい家の少年で、隙があると、人の物をくすねてしまうのです。賢治は彼のことをとても心配しました。このままでは、この子は不幸になる、そのように心配したのです。学校では、いろいろな先生が入れ替わり立ち代わり、彼を折檻したり、しかりつけたり、怒鳴りつけたりして、彼の行いを直そうとするのですが、一向に万引き癖が直らないのです。

 ある時、宮沢賢治が職場から家に帰る途中で、例の少年が、他人の畑の中に勝手に入り込んで、大根を引き抜こうとしているところに出くわすのです。その瞬間、少年は宮沢賢治に見つかったということが分かるのです。そして、二人は目と目が合うのですが、少年は置物のように固まってしまったそうです。お互い目をそらさずに、じっと互いに互いのことを見ているのです。一言もしゃべらないで沈黙の時間が、1分、2分、3分と続いたのです。やがて少年は大根をそのままにして、まっすぐ賢治の方を向き直るとね、深々と礼をして、いい顔になって帰って行ったというのです。宮沢賢治はこのことを生涯の思い出として記録しているのです。一番見られたくない人に見られたら、私たちだったらどうするでしょうか。私たちだったら、隠れたり、逃げ出したり、あるいは言い訳をしたりするのではないでしょうか。ところが、この少年は深々と礼をしたのです。なぜでしょうか。おそらくこの少年は、彼自身の生涯の中で、罪の現場を見ながら、彼を決して見捨てない人を初めて見たのだと思います。どんなにがっかりさせても自分を見捨てない、諦めない人を見たのです。どんなに残念な自分を見せても、それでも自分が良くなってくれることを願ってくれる人、どんなにひどい自分を見せてもその人との関係が切れないということを確信できる人、そういう人に対しては、言い訳したり、取り繕ったりする必要がなくなるのだと思います。

 本日の聖書の箇所では、安息日に主イエスが教えておられる会堂に1人の18年間腰の曲がった女性がいたのです。今日は、福音記者ルカは、なぜこのエピソードを記したのか、主イエスの行った奇跡に対する廻りの人たちの反応はどうであったのかということも考えながら、今日の聖書の箇所を読んでゆきたいと思います。

安息日に

 本日の聖書の箇所の10節には、『安息日に、イエスはある会堂で教えておられた。』と書かれています。ある安息日に、主イエスは会堂で教えておられました。公生涯の前半では、主イエスは安息日毎に、会堂で教えておられたのです。そのことは、ルカによる福音書のこれまでの記述を見ても、そのように考えることができるのです。ルカによる福音書4章15〜16節を見ますと、『イエスは諸会堂で教え、皆から尊敬を受けられた。イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。』とあります。それから、4章31節には、『イエスはガリラヤの町カファルナウムに下って、安息日には人々を教えておられた。』と記されています。主イエスは、ナザレからカファルナウムに行かれました。そのカファルナウムでも、安息日には会堂に入って、教えておられたのです。さらに、ルカによる福音書6章6節には、『また、ほかの安息日に、イエスは会堂に入って教えておられた。そこに一人の人がいて、その右手が萎えていた。』とあります。このように、安息日毎に、主イエスは会堂で、人びとに教えておられたのです。

 そして、今日の箇所、10節には、『安息日に、イエスはある会堂で教えておられた。』とあるわけですが、主イエスが安息日に会堂で教えたという記録は、これが最後なのです。当時は、巡回ラビと言いまして、ラビの格好をした人が、巡回して来ると、会堂での説教を依頼するということが行われていました。従って、主イエスは巡回ラビとして、説教をしておられるわけですが、公生涯の半ばから、後半に入ってきますと、主イエスは次第に会堂から排除されるようになって来ます。ですから、毎週、あちこちの会堂で教えるということが少なくなって来たのです。特に、現在、エルサレムに向けての旅をしていますが、エルサレムが近づくにつれて、主イエスに対するユダヤ人の敵対心が強くなって行くのです。そのため、今日の聖書の箇所以降、主イエスが会堂で教えられたという記録が出てこないのです。

 最後の主イエスの会堂での最後の説教の際に、本日の聖書の箇所の出来事が起こるのです。11節を見ますと、『そこに、18年間も病の霊に取りつかれている女がいた。腰が曲がったまま、どうしても伸ばすことができなかった。』とあります。主イエスは、最初からこの女性の存在に気づいていたわけではないと思います。そもそも、当時、女性が安息日の礼拝に出席することは禁じられていました。今でも、ユダヤ教の「正統派」では、女性たちは安息日の会堂礼拝に出席できません。「保守派」では、礼拝には出席できるけれども、男性席と柵によって仕切られています。「改革派」でやっと、男女混ざった出席が可能となっているのです。主イエスが生きておられた時代、女性たちは、毎週の礼拝から排除されていたのです。

 では、なぜこの女性はここに居るのでしょうか。10節の『安息日』が、原文では複数形で書かれていることから、前の週に主イエスが自分の町の会堂で礼拝をしたことを、この18年間腰が曲がったままの女性は聞きつけたのだと思います。それで、この日、禁じられていた安息日の会堂礼拝に、非難されることを覚悟で、あえて出席したのだと思います。そして、主イエスは会堂で教えている途中で、この女性の存在に、気がついたのだと思います。この女性は、18年も腰が曲がったまま、どうしても伸ばすことができなかった人です。福音記者ルカは、医者でありましたので、ルカの記録の特徴は、病状と病気の期間を記すというところにありました。この人は、18年間も患っていたのです。18年間というのは、とても長い時間です。自分の人生の半分くらいに感じられる長さだと思います。そして、その原因は、病の霊に取りつかれていたと言うのです。そして、その結果、腰が曲がったまま、どうしても伸ばすことができなかったのです。おそらくは背骨の骨が柔らかくなってしまうことによって、背筋がまっすぐに伸ばせなくなってしまう病気であったのだろうと考えられています。実に18年もの間、この女性はこの病に苦しめ続けられてきたのです。腰が曲がってしまうということによって、この女性が背負い込んだ重荷は大変なものであったと思います。腰が曲がっていることによって、お腹にかかる負担も大きく、内臓の調子だって悪くなっていたであろうと思います。また、腰の曲がったその姿を醜いとし、蔑んで見る人もきっといたことと思います。この女性自身、自分がそんな姿になってしまったことを受け入れられずに、長いこと苦しんできたに違いないのです。まだ、若い年齢のときであったとしたら、いっそうのこと、恥ずかしく、つらいことであったことと思います。心の押しつぶされるような思いで、まわりの人がじろじろと見る、その視線に耐えて来たことと思います。18年間もの間、このような状態にあるこの病気の根本的な原因を、医者であるルカは、肉体的なものではなくて、病の霊によるものだと見抜いているのです。福音記者ルカは、悪霊の存在を認め、悪霊が病に関わっていることを認めているのです。そして、この女性の場合は、悪霊が原因だと認めているのです。従って、今日の聖書の箇所での主イエスの癒やしには、悪霊の追い出しと肉体的癒やしという二面性があるのです。さて、会堂で教えておられる途中で、主イエスはそこに深刻な病にある女性がいるということに気づかれたのです。

 解放の宣言

 次に、12〜13節には、『イエスはその女を見て呼び寄せ、「婦人よ、病気は治った」と言って、その上に手を置かれた。女は、たちどころに腰がまっすぐになり、神を賛美した。』とあります。ここで、主イエスの癒やしを見てゆきますと、主イエスはまず、その女性を自分の方に呼び寄せたのです。ここで使われている「呼び寄せる」という言葉は、「招く」、「語りかける」という意味を持つ言葉です。安息日の会堂礼拝に出席することが許されていないその女性は、きっと誰にも目につかないように、隅の方で、隠れるようにして、座っていたのだと思います。しかし、主イエスは自分の方に、この女性を招き、呼び寄せたのです。主イエスは、この女性のことをとても心配しており、愛しているということを表現しているのです。そして、そこにいた人たちが目撃できるような位置に、この女性を招いたのです。

 そして、次に主イエスは、「婦人よ、病気は治った」(12節)と、言葉でこの女性を癒やしているのです。主イエスの言葉には力があるのです。現在、使用しております新共同訳聖書の訳文では、「病気は治った」と病の状態が変わったと状態だけを示していますが、ここで「治った」と訳されているギリシア語の『アポルオー』という言葉は、『解放された』という意味の言葉なのです。新しい2018年の日本聖書協会の共同訳聖書では、この12節は、『イエスはその女を見て呼び寄せ、「女よ、あなたは病から解放された」と言って、』と訳されています。この新しい共同訳聖書の方が、原文のニュアンスをよく伝えていると思います。そして、ここで使われている『解放された』という意味の言葉は、脊髄の病が癒やされた場合に使われていた医学用語なのです。ルカはここでその脊髄の病が癒やされた場合に使われる医学用語を使っているのと同時に、悪霊からの解放をも意味する言葉を使っているのです。この主イエスの宣言に於いて、この女性はこの時に癒やされているのです。しかし、主イエスはそこでは終わらないのです。主イエスはこの女性の腰の上に手を置いているのです。なぜ、手を置かれているのでしょうか?これは、単に癒やすだけではなくて、憐れみの心を示すと同時に、主イエスから癒やしの力が出たことを、この女性にも、そして、周囲にいる人たちにも、目に見える形で示すために、手を置いて、癒やされたのです。

 「病」(11節)や「病気」(12節)と訳されている言葉は、「弱さ」とも訳される言葉が使われています。病気だけが弱さなのではありません。病気を抱えていなかったとしても、私たちは様々な弱さを抱えています。この女性のように、長い間、自分の弱さを抱え続け、そのために苦しみや悲しみを味わってきたかもしれません。しかし、父なる神様が遣わしてくださった主イエスによって、私たちは「弱さ」から解放されます。それは必ずしも自分の弱さがなくなることを意味しません。なお自分の弱さを抱え続けなくてはならないかもしれない。しかしそうであったとしても私たちの弱さは、もはや私たちを捕らえることはありません。束縛することはないのです。それは、私たちの弱さが自分にとって決定的なものでも、絶対的なものでもなくなる、ということです。なお自分が抱えている弱さによって苦しむこと、悲しむことがあり、時には絶望してしまいそうになることがあるかもしれません。しかし、主イエスによって私たちはもはやその苦しみや悲しみ、絶望に押し潰されることはないのです。

 癒やしの結果、どうなったのでしょうか?この女性の腰は、たちどころにまっすぐになったのです。この女性は、昔のように、直ちに普通に立って、歩ける様になったのです。そして、この女性は、『神を賛美した。』のです。主イエスが、神様の器であることを、この女性は確信したのです。主イエスが癒やしの神であることを確信したのです。そして、神を讃美したのです。直訳すると、『神を讃美した』というのではなくて、『神を讃美し続けた』となり、継続した動作であったことが分かります。即ち、この女性は性差別によって禁止されていた安息日礼拝に潜り込み、その真っ直ぐな勇気が、主イエスによる解放と癒やしを引き出し、その結果、抑えることができないほどの喜びが湧き上がって、騒々しく讃美し続けたということなのです。

腹を立てた会堂長

 この出来事を目の当たりにした人たちの中に、会堂長がいました。会堂長というのは、会堂の管理を担い、会堂で行われる礼拝の準備を担っていた人です。14節を見ると、『ところが会堂長は、イエスが安息日に病人をいやされたことに腹を立て、群衆に言った。「働くべき日は六日ある。その間に来て治してもらうがよい。安息日はいけない。」』とあります。礼拝を司る立場にあった会堂長は腹を立て、憤ったのです。いったいなぜでしょうか。この日が安息日であったからです。働いてはならない、休むべき日であったからです。この出来事を起こされたのは主イエスご自身です。別に女性が癒してほしいと、主イエスの前に進み出たわけでもありません。すべては、先立ち導かれる主の御業の中で起こったのです。しかし、会堂長もさすがに、直接面と向かって主イエスを非難することははばかられたのだと思います。主イエスではなく、群衆に向かって言いました、「働くべき日は六日ある。その間に来て治してもらうがよい。安息日はいけない」(14節)。安息日に人を癒すこと、また癒してほしいと願い出るような行為は、安息日に仕事をしてはならないという、神の戒めを破ることになると言っているのです。主イエスの癒やしに対するこの女性と会堂長の反応は、対象的です。この女性は、神様を讃美し続けたのです。会堂長は、差別によって排除されている筈の会堂での礼拝に潜り込んだこの女性と、安息日に癒しの業を行われた主イエスご自身を、間接的に非難したのです。この会堂長は、おかしなことに、この女性にも、主イエスにも言っていないのです。群衆に向かって、言っているのです。

 会堂長が腹を立てたことは、現代を生きる私たちにとっては、この会堂長の腹立ちは非常識なことに思われるかもしれません。しかし、この会堂長は、とても真面目で、責任感の強い人だと思います。会堂長の立場に立てば、彼の言い分も分かるのではないでしょうか。女性の病気は、今日、治さなければ命に関わるというものではありませんでした。彼女にとっても、十八年間、患ってきた病気ですから、今日治すのも、明日治すのも大差ないはずなのです。だから会堂長は、わざわざ働いてはいけない日とされている安息日に治すことはないと言ったのです。働くべき日は6日ある。だから、癒やしてほしいのなら、その6日間の間に来て、癒やしてもらえば良い、と言っているのです。彼は特別に融通が効かない人なのでも、冷血漢なのでもなく、むしろ常識的な人物であったのではないでしょうか。真面目で、常識があるが故に、この会堂長は、安息日に何てことをしてくれるのだと、群衆を戒める体を装って、差別によって排除されている筈の会堂での礼拝に潜り込んだこの女性と、安息日に癒しの業を行われた主イエスご自身を、間接的に非難したのです。この会堂長は神様の教えを誤解して、忠実に働いていると思い込みながら、却って人びとを神様から遠ざけてしまっているのです。私たちも、真面目に礼拝を守ろうとすればするほど、この会堂長のように、人びとにルールを強制し、裁くようになってしまうのではないでしょうか。

束縛から解放される日

 主イエスは厳しいお言葉をもって、この会堂長の非難にお応えになりました。15〜16節を見ますと、『しかし、主は彼に答えて言われた。「偽善者たちよ、あなたたちはだれでも、安息日にも牛やろばを飼い葉桶から解いて、水を飲ませに引いて行くではないか。この女はアブラハムの娘なのに、十八年もの間サタンに縛られていたのだ。安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったのか。」』とあります。主イエスは、「偽善者たちよ」と、複数形で言われています。主はここで会堂長一人だけではない、会堂長に代表される律法学者やファリサイ派と呼ばれる人々、神様の戒めを用いて、人を判断し評価し、裁くための道具として使っている人々全体を問題にしておられるのです。

 主イエスは、ここで小から大の議論というラビ的な手法で教えておられます。安息日であっても、餌を与えたり、水を与えたりするといった、家畜の世話はする。あるいは、穴に落ち込めば、助けたりする。安息日であっても、家畜の世話はするではないか。家畜と人とは、どちらが尊いものなのだ。人は家畜以上に価値があるものではないか。それ故、安息日に人を癒やすのは、律法違反ではなくて、神様の御心であるのは、当然のことなのである。これが、主イエスがここでお語りになられていることなのです。

 そして、さらにこの女性はアブラハムの娘なのです。当時、一般的にユダヤ人は、女性を男性よりも価値が低いと見ていたのです。これは聖書の教えではなく、ユダヤ人の社会通念として、そう考えられていたということです。しかし、主イエスはこの女性のことをアブラハムの娘と呼びました。これは、ユダヤ的に極めて尊厳を込めた呼び方なのです。廻りにいるユダヤ人たちは、この女性のことをアブラハムの娘とは考えなかったと思います。なぜかと言いますと、当時の人々の認識では、病気を患っているというのは、この女性に何か罪の問題があるからだ。だから、彼女には信仰がない、彼女は罪人であると、病気と罪とを結びつけて考えることが一般的であったのです。従って、アブラハムの子孫として生まれ、アブラハムの信仰を持っているような女性ではない。だから、アブラハムの娘とは呼ばないと、彼らは考えていたのです。ところが、主イエスは彼女をアブラハムの娘と呼んだのです。当時の人々にとっては、仰天するような扱いであったのです。従って、このアブラハムの娘という言い方は、アブラハムの子孫であるということと、アブラハムと同じ信仰を持つ者という2つの意味が込めて、主イエスはこの女性のことを呼んだのだと思います。ここに、主イエスの素晴らしい愛と憐れみの心が表現されていると思います。

 さらに、主イエスは、『安息日であっても、』とおっしゃっておられます。ここで、会堂長の言うように、あと半日ほど待って、安息日が明けてから、癒やしを行えば、主イエスは誰からも非難されないのです。主イエスは、批判されたくないと思えば、この女性を半日ほど待たせることもできたのです。しかし、主イエスはこの女性が1日でも長く苦しむことを望まれなかったのです。主イエスは、『この女はアブラハムの娘なのに、十八年もの間サタンに縛られていたのだ。安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったのか。』とおっしゃっておられます。安息日は、解放を祝う日なのだ、だから、安息日にこそ解放の技を行うのは当然ではないかと、主イエスはおっしゃられたのです。主イエスは、私たちが1日でも長く束縛の中にいることを望まれません。直ちに重荷と束縛から解放されることを願っておられるのです。

恥じ入る者と喜ぶ者

 主イエスの言葉に対して、2種類の応答があります。17節を見ると、『こう言われると、反対者は皆恥じ入ったが、群衆はこぞって、イエスがなさった数々のすばらしい行いを見て喜んだ。』とあります。ここで、『反対者は皆恥じ入った』と書かれています。ここで、恥じ入ると書かれていることに、腑に落ちないと考えられる方は多いのではないでしょうか。それは、『恥じ入る』とは、普通はひどく恥ずかしいと思うこと、あるいは、相手に対して申し訳ないことをしたと思う感情、あるいは、失敗したなあという反省の思いが含まれている言葉だと思うからではないでしょうか。従って、『反対者は皆恥じ入った』という訳は、反対者は反省したかのような誤解を生みやすいと思います。英語訳聖書を見ますと、”all his opponents were put to shame”と訳されており、彼らは辱めを受けた、あるいは、彼らは恥をかかされた、という内容になっていることが分かります。要するに、反対者たちは面子を潰されたという意味なのです。そう解釈すると、反省の念ではなくて、怒りの感情が伴った心の動きで、それが最終的に、主イエスを十字架につけたいという動機に繋がって行くのです。

 一方、群衆は喜んだのです。群衆は、指導者たちが反対しているのにも拘わらず、主イエスの行いを喜んだのです。主イエスが輝かしい御業を行われた。そして、主イエスの教えは群衆の痛みに寄り添ったものであったのです。このように、主イエスの言葉に対して、2種類の反応が起きたのです。

 私たちは、この群衆のように、主イエスの御業を喜び、このしるしによって、主イエスがメシアであり、主イエスがこれまで語って来られたことがすべて正しいと受け止める信仰を持ちたいと思います。本日の聖書の箇所で、安息日を人間の差別と排除の日にしてしまっている男性中心の社会の中にあって、この女性が安息日の礼拝が行われている会堂に潜り込むことによって、主イエスはこの女性を皆が見えるところに、大きな声で呼び寄せ、解放を宣言し、腰をまっすぐにしたことによって、共に神様を讃美する礼拝を行ったのです。主イエスがこの女性を解放したこの会堂に於いて、「男と女」という二つに分けることのない礼拝が、安息日に行われたのです。ルカは主イエスがおられるこの礼拝に、教会時代のキリスト教会の礼拝を見ているのだと思います。この女性が安息日の礼拝に出席していること、これがすでに解放であり、救いなのです。もはや屈従の時は終わったからです。主イエスは腰を伸ばすことで、解放と救いを後押ししました。病から解放されたこの女性は、その救いに感謝して神様を讃美したのです。本当の安息は、神様への讃美を引き起こします。安息日だからこそ、神様への讃美が起こされなくてはならないのです。安息日に神様への讃美が起こされるのを妨げて良いはずがないのです。病からの解放、あらゆる弱さからの解放は、まさに安息日だからこそなされるべき神様のみ業だと思います。主イエスが安息日に会堂で告げ知らせた、捕らわれている人の解放と、圧迫されている人の自由は、安息日だからこそ実現すべき神のみ業なのだと思います。私たちは弱さの中にあって、なお主イエスから与えられる希望と恵みによって、解放され、歩んで行きたいと思います。 

 それでは、お祈り致します。