【説 教】 牧師 沖村 裕史
■夕日の豊かさ
わたしたちは、敬老の日を明日に控え、今日の礼拝を守っています。
「海坂」という美しい古語があります。「うなさか」と読みます。作家の藤沢周平が、「海辺に立って一望の海を眺めると、水平線はゆるやかな孤を描く。そのあるかなきかのゆるやかな傾斜孤を海坂と呼ぶ」と記しています。
老いた母を連れて、山口県の北浦、萩や仙崎に行ったときに眺めた、海坂に沈む夕日の美しさが忘れられません。夕日には、朝日にはない不思議な魅力があります。「日本一の夕日」と銘打った名所が各地にあります。夕日の魅力は何でしょう。こんな文章に出会いました。
「夕日っていうのは寂しいんじゃなくて豊かなものなんですね。それがくるまでの一日の光が夕方の光に籠っていて朝も昼もあった後の夕方なんだ」(吉田健一『旅の時間』)
夕日には、朝の光も昼の光も籠っている。夕日の豊かさは、それまでの一日の光が籠っている故なのだ、と言います。確かにそうです。これは、歳を重ねてゆくわたしたちの人生の歩みにも言えることではないでしょうか。
年を重ねて味わう日々は人生の夕暮れ時ですけれど、でも、朝も昼もあった後の夕暮れです。この夕暮れの時間には、若い時の恥多い日々も、壮年の時の務めに追われた日々も、みな含まれています。
そんな、これまでの歩みのすべてが、恥多きこと、悔い多きことも含めてすべてが主なる神の赦しの中に、「よし」として受け入れられている。その主の赦しの恵みを噛みしめる時間として、今、この時を与えられているのではないか、そう思えてきます。
年ごとに病院通いも増えてきます。気力も体力も衰えてきました。少しずつ、主なる神にお返しをしているのでしょう。それでも人生の夕方は、夕日が豊かであるように、これまで以上に主の恵みを味わいかみしめる時です。
旧約聖書ゼカリヤ書一四章七節の「夕べになっても光がある」との一句が思い出されます。
■「いちじくの木に花は咲かず」
そんなゼカリヤ書を含む、旧約聖書の最後に置かれている比較的短い一二の文書をまとめて、「一二小預言書」と呼ばれます。今日お読みいただいたハバクク書もまたその中の一つですが、「ハバクク」という人がどういう人物だったのかよく分かっていません。
いつ頃書かれたのかもはっきりしませんが、紀元前七世紀頃だったのではないかと推測されます。イスラエルを支配していたアッシリアという国の勢力が弱まり、これに代わって新バビロニアという強国が登場し始めた時期にあたります。ユダヤ人たちにとっては、独立を望みながらも、結局は新しい支配者の下(もと)に置かれるようになっていった時代でもあります。
ハバクク書三章一七節以下には、そうした独立への期待を抱きながらも、期待通りの未来が与えられるのかどうかが分からない混沌とした状況の中で、それでもなお神に信頼しつつ、希望を持って未来を待ち望むことを勧める言葉が記されています。
「いちじくの木に花は咲かず
ぶどうの枝は実をつけず
オリーブは収穫の期待を裏切り
田畑は食物を生ぜず
羊はおりから断たれ
牛舎には牛がいなくなる」(三・一七)
ここに描かれているのは農民にとって最悪ともいえる情景です。
収穫は期待できず、家畜もいなくなってしまった。食べる物もない。生活の基盤がすべて失われてしまった。どう考えてもこれから先に希望を持てそうにない状態、八方ふさがりに見える状態が、ここに記されています。
しかしそのような状況にあって、ハバクク書はこう続けます。
「しかし、わたしは主によって喜び
わが救いの神のゆえに踊る」(三・一八)
絶望的な状況の中で、それでもなお神に信頼するとハバクク書は宣言し、またそうすることを人々に勧めています。人間的に見ればすべてに行き詰まってしまった状況の中においてなお、神が共にいてくださることを信じ、神の恵みに信頼して待つこと、それが信仰であると言います。そしてまた、信仰者の生き方とは、神に最終的な希望を置きつつ、与えられたその時代、その状況の中を精一杯に生きること、神から与えられた働きをこつこつと果たしていくこと、与えられたいのちを、人生を一歩一歩と歩みつつ、今、このわたしたちにできることを誠実に為していくことであると教えているのです。
■神の国のたとえ
聖書日課では、このハバクク書の箇所と併せて、新約聖書マタイによる福音書一三章二四節以下を併せて読むよう勧めています。ハバクク書の教えと同じことが示されているようです。 「毒麦のたとえ」と題される話です。
「イエスは、別のたとえを持ち出して言われた。『天の国は次のようにたとえられる。ある人が良い種を畑に蒔いた。人々が眠っている間に、敵が来て、麦の中に毒麦を蒔いて行った。芽が出て、実ってみると、毒麦も現れた。僕たちが主人のところに来て言った。「だんなさま、畑には良い種をお蒔きになったではありませんか。どこから毒麦が入ったのでしょう。」主人は、「敵の仕業だ」言った。そこで、僕たちが、「では、行って抜き集めておきましょうか」と言うと、主人は言った。「いや、毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。刈り入れの時、『まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れなさい』と、刈り取る者に言いつけよう。」』」
ここでも、人は麦の種を蒔くという務めを果たします。麦は成長し、やがて豊かな収穫を期待させるものとなっていくのですが、ある日突然その畑に毒麦が混じっていることが判明します。思いがけない事件が発生するのです。
人生がいつも順風満帆と限らないように、わたしたちの信仰生活にも、時に思いもよらない障がいが待ち受けていたり、ハバクク書が示すような、どうしようもない災害や歴史的事件が起こったりすることがあります。神と共に生き、神の国を目指して生きてきたのに、「こんなはずではなかった」という挫折や行き詰まりに立ち至るということは、決して珍しいことではありません。
■「刈り入れまでそのままに」
しかし、そんな思いがけない状況の中でもなお、「主によって喜び、わが救いの神のゆえに踊る」ことが信仰であるとハバクク書は教えます。
それと同じように、イエスさまのたとえ話の中に登場する「主人」もまた、思いもよらない事件に遭遇しても、なお揺らぐことなく、自分の畑に育ちつつある毒麦を前にして自分のなすべきことを最後までやり通そうとします。
ところで、ここで「毒麦」といわれているのは、パレスチナに自生する麦によく似た一種の雑草のことです。毒麦というとずいぶん恐ろしげな感じがしますが、この草そのものに毒があるわけではなく、めまいや吐き気をもたらす毒性の菌がこの草に付きやすかったために、そんなふうに呼ばれていたようです。
実際に、この草が自然に畑に入り交じってしまうこともあったらしく、その場合には、もともとが雑草だけに麦よりも根を張る力が強く、無理に毒麦を抜くと麦も一緒に抜いてしまうことがあり、それを恐れて当時の人々はこのたとえ話にあるように収穫の時まで、そのままにしておいたといいます。ちょっとでも田畑に雑草が生えると一本一本抜いていくという昔の日本の農家の感覚からすれば、こうしたユダヤ人のやり方はずいぶん粗っぽいやり方に感じますが、ともかくもそういうやり方が一般的だったようです。
さて、このたとえ話に登場する主人はこんなふうに命じます。
「刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。刈り入れの時、『まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れなさい』と、刈り取る者に言いつけよう」
「刈り入れの時」という言葉を「神の国の成就する時」に置き換えてみるならば、その時こそ、それまで見過ごしにされてきた毒麦と良い麦がふるい分けられるのであり、悪しき者と良き者がふるい分けられ、前者は滅びに、後者は救いに入れられるのだ、というふうに読むことができるかもしれません。
ここには「神の国」と「裁き」の密接な関係が語られています。神は人間に侮られるような方ではありません。まさにパウロが「人は、自分の蒔いたものを、また刈り取ることになるのです」(ガラテヤ六・七)と語っている通りのことが起こるのです。
■「しかし、わたしは主によって喜び」
しかし、このたとえ話の中でわたしたちが読みとらなければならないことは、「裁き」の確かさではありません。
そのような「刈り入れの時」「裁きの時」までには、まだ時間があるのです。自然界の植物である毒麦に限っていえば、それがいつの間にか普通の麦、良い麦に変わるということはありえません。しかし、それがもし人間であるとすれば、あるいは悪しき者が良き者へと変わることがあるかもしれないのです。
ここに登場する主人が「刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい」と命じた言葉の裏に、そのような変化が「毒麦」のような人間の上にも起こることを期待する願いが隠されているのではないか、そう考えることは、わたしたちの勝手な読み込みだとは言えないでしょう。
ましてや、「毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。[だから]刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい」とあります。わたしたち人間には、良いものと悪いもの、善と悪とを正しく見分けることなどできないのです。良かれと思ってしたことが、それと気づかぬままに、人を傷つけ、損なってしまった。だれもが味わったことがあるはずです。
そう考えていく時、ここには神のこの世に対する量り知れないほどの深い恵みと憐れみが働いているのではないでしょうか。
「刈り入れまでそのままにしておきなさい。」
主人はそう命じます。その時が来るまで、わたしたちが自分勝手に性急な答えを出すことは許されません。わたしたちの為すべきことは、時が良くても悪くても、神からあずかった畑、「人生」「この世界」に、かけがえのない「いのち」の種を蒔き、水を遣り、育っていくのを祈りつつ見守り続けることです。たとえ、「毒麦」の入り混じっているような人生、世界であったとしても、神はわたしたちがそこで働き、かけがえのないいのちを最後の最後まで大切に生きていくことをお望みになっているのです。
たとえ、「いちじくの木に花は咲かず、ぶどうの枝は実をつけず、オリーブは収穫の期待を裏切り、田畑は食物を生ぜず」という世界、人生であったとしても、そう思えたとしても、神はわたしたちがそこで働くことを、生き抜くことをお望みになるのです。
信仰とは、神のお望みになったようにわたしたちが生きることです。どんな世界、どんな状況の中にあっても、「しかし、わたしは主によって喜び、わが救いの神のゆえに踊る」ということ、これ以外にはありえません。
■旅装を整える
朝日俳壇選者の長谷川櫂が『俳句と人間』(岩波新書)の中で、芭蕉の最後の句「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」に触れて、「人間であるかぎり安らかな死などないのだ」と厳しい言葉を記しています。信仰の先達、三浦綾子の言葉も想起します。
「『もう何もすることはない』という人はいない。もう一つ『死ぬ』という栄光ある仕事が待っている。」(『北国日記』集英社文庫)
「安らかな死などない」、でも、その死は「栄光ある仕事」であると言います。わたしたち一人ひとりの避けることのできない課題です。
使徒言行録二一章一五節に「旅装を整えて」とあります(口語訳)。パウロが死の危険を覚悟してエルサレムに旅立つ時の言葉です。わたしたちもクリスチャンとして、「旅装」を整えなければなりません。人生の最期を受け入れる「心の旅装」を整え、主の計らいに身を委ねたいものです。
けれども、生き急ぐことはありません。ご高齢の皆さんをはじめ、ここにいるすべての者が、残されている一日一日、主の恵みを味わい、平和を祈りながら、ゆっくりと歩みたい―そんな生き方を思いめぐらす今日このごろです。
「木の葉ふりやまずいそぐないそぐなよ」
(加藤楸邨(しゅうそん))
「急いで出なくてもよい。
逃げるようにして行かなくてもよい。
主があなたがたの前を行き
イスラエルの神がしんがりとなるからだ」(イザヤ五二・一二=協会共同訳)
感謝して祈ります。